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枯れかかっている椿だけど

2009.02.09

何を明かそう、僕はけっこう甘党、とは以前書いたが、
もう一つ、隠れた趣味があって、
それは生け花。
悪い趣味ではないと思うが、
男が…?
と言われるような気がしてならない。

特に習ったわけではないし、我流。
たまたま花があったりすると生けたくなる。

一人住まいの、かなりお歳の先輩建築家の家を訪れた時、
なかなかいい生け花が飾ってあった。
ふ~ん、時々女の人が来てるんだ、この人いつまでも元気だな~、と勘繰った顔をしている僕を見て、
「どう?泉、うまいだろう」と自慢げに言う。
どうも女性が生けたのではなく、自分のデザインセンスを自慢しているようだ。
よく見ると、なるほど建築家らしい隙のない完璧なコンポジションだった。

そんなこともあってか、それから特に花を生けるようになった。
先日建主しさんが庭に咲いている椿をお土産に持ってきて下さった。
さっそく生けた。
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花瓶は19世紀のイギリスのインク瓶です。

お勧めの本 Choga

2009.02.04

韓国の民家が好きでたびたび韓国を訪ねた頃があった。
何だかんだで10回近くは行っただろうか。

朝鮮動乱で韓国の民家は焼き尽くされたが、
それでも残った民家でさえ、日本と同じく経済的近代化とともに抹殺されてしまった。
僕が韓国を訪れていたのは20年位前だったから、
その抹殺された後のわずかに保存されたものにすぎなかった。
それでも韓国の民家に、住まいの原点を見るような感動を覚えたものだ。

10年近く前、韓国の民家「草家」という本を骨董屋で手に入れた。
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それは僕が韓国をたびたび尋ねる前の、1970年代に撮影されたもので、
韓国が近代化する前の滅び去った民家を撮った写真集だった。
僕が実際に目にした民家よりさらに素晴らしい住の風景が広がっていた。
住まいが生活とともにあった幸せな時代が写真集として綴られ、
少々目頭が熱くなる素晴らしい本だ。
しかし中に書かれている文はハングル文字で、何が書いてあるかさっぱりわからなかった。

何て書いてあるのかぜひ知りたいと思っていたが、
それが最近日本語に翻訳されて出版された。
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ぜひ手にしてみてください。

マティスの教会

2009.01.31

画家マティスが作った教会を知ったのは大学4年生の時だった。
友達の家で、日本の画家がニースにあるこの教会を訪ねた時のスライドを見ることができた。
このときかなり感激したのを覚えている。
にもかかわらず、その存在を忘れていて近くを通ったにもかかわらず素通りしてしまっていた。

先日「美の巨人たち」というTV番組でこの教会をやっていた。
今見てもいい!
ステンドグラスや壁画が建築と一体となって素晴らしい。
建築と一体となってというより、建築そのものになっている。
しかし現在、建築界ではこのような装飾的なものはあまり評価されない。
この装飾の排除は建築を狭い範囲に押し込めてしまい、
建築家と一般の人々とのあいだに溝を生み出してしまっているのではないか。
多分いつか装飾、それにテクスチャーなど、
目の前にあるモノへの関心が建築界にも必ずよみがえるに違いない。

http://www.musee-matisse-nice.org/expositions/chapelle_2001.html

ヒロカマ先生

2009.01.28

広瀬鎌二とは建築家なら誰でも知っている人。
知らない人がいたらモグリ?
通称ヒロカマさん。
今年で84歳になられる。

そのヒロカマ先生のご自邸に、先生の愛弟子の山本成一郎さんにつれられて正月早々お邪魔した。
ヒロカマ先生は武蔵工大の先生(古建築の研究)もやっておられたプロフェッサー・アーキテクト。
だから建物にも歴史を概観した人ならではの、一つ筋の通った思想がある。

30年ほど前、先生の講演会を聴き感銘を受けたことがあり、
ぜひ一度お会いしておきたい方だった。

久しぶりにお会いした先生は体が不自由になっておられたようだが、
研究への情熱はまだまだ。
若い時に何かをやった人は年をとっても仕事への情熱は冷めないもののようだ。
逆もそうだろう。

先生のご自宅の名は「肆木(しもく)の家」。
武蔵工大の学生の実習も兼ねて作った伝統工法による住宅。
体が不自由で片付けもままならないのだろうが、
よく見ると随所で勉強させられる。
名作だった。
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2ヶ月に一回大掃除

2009.01.23

しばらく片付けをしないでおくと、事務所の中はモノで溢れ返ってしまう。
そうすると頭の中までスッキリしない。
勇気を出して捨てるのが一番。
昨年の暮れ大掃除をやったが、終わらずに正月仕事始めにまた片付けをやった。

今やっている建物ではラフモデルから最終模型まで5つも作ったから、
そんな調子だと、
模型が事務所に溢れ返ることになる。
せっかく作った模型を捨てるのは忍びないが、
意を決して捨てるしかない。
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テーブルの上の模型は廃棄のために集めたもの。
今年は2ヶ月に1回大掃除と決めた。
もちろんそのあとは皆で飲み会です。

泉事務所はMacではないが・・・。

2009.01.13

最近Macの創始者、スティーヴ・ジョブスのことを知った。
大学の卒業式に呼ばれたときのスピーチ。
感動するな・・・・・(;ω;)


日本の若者にもぜひ聞かせたいスピーチだ。

真面目な大人の火遊び Ⅰ

2009.01.09

ほとんどの住宅の窓はアルミサッシになってしまいました。
アルミサッシは機能性、耐久性に優れていることから、
木製の建具(木建 もくたて)を住宅から駆逐してしまいました。
しかも、都市部の多くの地域は準防火地域に指定されていて、
木建は防火の点から禁止、使うことさえできなくなっています。

そのようなことから、現在仲間で国交省の補助金を得て、
木製建具の防火性能の向上のための研究・実験を行っています。
木製の建具を作り、そこに800度の温度をかけ、20分間持ちこたえさせるのが目標です。
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でもなかなかうまくいきません。
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簡単に行ったら研究にならない、のは当然。
何が問題かを探り漸次改良していきます。

木は意外と燃えないもの。
多分近いうちに研究の成果は出ると思います。

再び美しい木建が住宅に甦ることを夢見ています。

正月の朝

2009.01.05

あけましておめでとうございます。

正月、朝起きたら自邸の障子に映る枝垂れ桜の影。
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正月らしく静かで、清々しい。
気分よく一年の始めの朝を迎えることができた。

もう一つ、去年尾鷲の漁港で撮った写真。
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今年も色々とあるだろうが、こんなスカッとした一年であって欲しい。
皆さんもいい一年でありますよう。

「フェルマーの最終定理」 「ある日の村野藤吾」

2008.12.28

正月は何やってたんだろうと、終わってしまえばそんな感じだが、
来る正月は「フェルマーの最終定理」なんて本はいかがでしょう。
フェルマーの最終定理とは数学の難問中の難問で、
最近アンドリュー・ワイズという人によって360年ぶりに解かれた。
数学の本だから面白くない、と思われるかもしれないが、
読み物として、またその理解としても(理解できないところもあったが)平易で面白い。
御屠蘇気分でも読める?本。
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建築家向けのお勧め本ですが、「ある日の村野藤吾」。
村野藤吾自身が書いた文を集めたものです。
村野さんはほとんど文を発表してなく、
作品でしか村野さんを知るよりほかない。
文がないだけに、また会ったこともない人だけに、
生の村野はどんな人だったのか想像しにくい。
ところが、遺族によって日記や手紙が公表された。
そこに書かれたものは、これまで村野によせていたイメージとは遠いもの。
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本に発表できない内容のものが他にたくさんあると思えるが、
これだけでもかなり村野の真実を知ることができる。
晩年の文中の「最後の日まで鉛筆を離さないでいたいものです」は、
実際に93歳にしてそうなったわけで、
建築にかける意思がそれを現実のものにしたのだろう。

伊勢、熊野へ Ⅴ

2008.12.25

引き続き「木の建築賞」の審査で尾鷲へ。
審査対象の建物を見た後、海岸沿いの道を歩いていたら、
ム、ム、ム・・・・。
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何で車に鳥の置物を・・・・?
もの好きな人もいるもんだ、
(アメリカにはこんな変な事をする人が時々いるけど)
それにしても何で鳥を付けて走っているのだろう?
と、考えていたら、
突然首が動いた、
い・き・て・い・る!!

こんな立派な鳥、東京じゃ見たことない。
しかもトラックの上にとまっている。
尾鷲まで来ると自然がある、すごいな~。
なんて感激していたら、さらに何羽も。
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ここは漁港なのだ。
水揚げする魚を狙って鳥がとまっているのだ。
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真っ青な空にカモメも飛んでいた。
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だれ一人いない駅のホーム、鳥と人間の近さ、
久々、脳味噌がクリーンになった感じがした。

伊勢、熊野へ Ⅳ

2008.12.24

紀伊半島に行くと時間の流れが違う。
すべてがゆっくり。
東京から近郊の県へ行くには時刻表などあまり気にしないで、
来た電車に飛び乗ればいい。
しかし伊勢から次の目的地、尾鷲(おわせ)への急行は一日に数本。
乗り換えも悪く、多気(たき)というだれ一人いない駅で1~2時間待たされた。
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でも、誰一人いない夜のホームでの数時間は格別のもの。
いつも何かにせかされる生活から、
一人ですべてから逃れ、列車を待つだけの何もしない時間は新鮮だった。
たまにはボーッと待つこんな時間もいい。

伊勢、熊野へ Ⅲ

2008.12.16

伊勢の街を歩いていたら、
懐かしい~、小さいころよく目にした万金丹の看板。
「鼻くそ丸めて万金丹!」、という言葉がニヤッと自然に出てきた。失礼!
(万金丹とはよく知られた、西洋医学が入る前の伝統的胃腸薬)
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子供の頃こんな言葉がいろいろあったなー。
お前のかぁさん、なんとやら…、とか。
こんなお品のない言葉は最近の子供は口にしないようだけど、
ぼくらは、お品がない言葉だと知ってて、あえて使って楽しんでいたんじゃないかなー。

それにしても、最近見られない看板。
単刀直入に、商品の名前だけ。
嘘っぽいコピーがないところがいい。

伊勢、熊野へ Ⅱ

2008.12.13

伊勢神宮前の茶屋を後にして、
地元の建築家に昔の遊郭跡を見ませんか?と誘われた。
木造6階建の遊郭。(名前は浅吉旅館)
6階建てと言っても、崖地に段々に連なって建っているので、
直接上下が重なっているのは3層程度。
でもこのような斜面でのつくりは日本では珍しい。
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道路の向かい側の建物に渡るブリッジも付いている。
地中海に面した(イタリアや、フランスの)HILL TOP TOWN のようだ。
今は静まり返っているけど、
江戸時代には「お伊勢参り」の後、「精進落とし」?の遊郭として栄えたらしい。
江戸時代の旅って、まぁ~よく遊んでたんですね。

伊勢、熊野へ Ⅰ

2008.12.10

「木の建築賞」の現地審査のため三重県へ。
まずは伊勢神宮の前の商店街にある新しくできた「赤福」経営の茶屋を拝見。
ここの看板が凄い。(ぜひ拡大して見て下さい)
欅の一枚板に堂々とした金文字。
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次はやはり近くの魚屋にあった看板。
これも凄い。(これも拡大して見てください)
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いやいや、渋いですね。
いい字にそれだけを漆塗りです。
このような看板は世界に誇れる日本の文化ですね。

1947年モノ

2008.12.02

この写真なんだと思います?
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実はワインの瓶の口からなかを覗いた写真。
下に落ちたコルクの栓が写っています。
古い瓶になるとなかなかあけるのが大変らしいく、
中に落ちてしまった。
1947年モノ!のワインの飲み干した瓶の底です。

何故こんな写真を載せたかというと、
このブログによく書き込んで下さるオジャマ虫さんが、
1947年モノのワインがあるから、お出でと誘って下さった。
1947年は僕の生まれた年。
本当にありがたいもてなし。
僕とおなじ同じ時間を生きてきたというワインには何か惹かれるものがある。
しかも1947年モノのワインはいいとか。
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ところで凄いものを見てしまった。
古いワインともなるとこんなにも澱がたまるんです。
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人間も61年経つと同じように澱がたまってしまうかも、
これには、ウーーン。

でも、本当に素晴らしいもてなし、ありがとうございました。

自邸 Ⅴ

2008.11.28

自邸に植えた木は、
椿、錦木(にしきぎ)、荒樫(あらかし)、枝垂れ桜(しだれざくら)。
狭い敷地なので、このくらいが精一杯です。

椿はいろんな種類がありますが、
侘助(わびすけ)という茶花を植えました。
楚々とした可憐な花です。
いま真っ盛りです。
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でもこの侘助は道路端に咲いていて、ちょっと心配。
こんな花は庭の中でヒッソリと咲いているのがいいかもしれない。

錦木、と荒樫は生垣に使っています。
錦木は冬近くになると真っ赤に紅葉します。

しだれ桜はメインの木ですが、本当は大山蓮華(おおやまれんげ)という木を植えたかった。
深山に人知れず咲き、侘び助に似て楚々。
大山蓮華は僕のあこがれの木です。
(理想の女性がいたらこんな感じか♥)
どうも僕はこういう花が好きらしい。
でも、大きい木は移植が無理とのこと。
ずいぶんいろんな人に相談したのだが泣く泣くあきらめた。

大山蓮華は何時か何処かで植えるとして、今のしだれ桜を大事にしています。

自邸 Ⅳ

2008.11.20

自邸が出来上がったのが今年の4月。
泉さん見せて、見せて、と言われること頻り。
それに全部お相手したら、とんでもない時間がかかってしまう。
じゃ、一度に大勢お招きすることも考えたが、、
小さい家なので、大勢では雰囲気がわからない。

で、というわけではありませんが、
この度、雑誌に載りましたので、
興味のある方は、とりあえずはこの雑誌をご覧になって下さい。

「新建築社」から出ている「住宅特集12月号」です。

何か機会があった時に少人数で、ボチボチとご案内しようと思っています。
すみません。

和歌山から奈良へ Ⅳ

2008.11.18

奈良町の十輪院を見た後、皆で「奈良ホテル」でお茶。
玄関の壁をふと見上げると、上村松園の「花嫁」がかかっている。
そう言えば何年か前、お気に入りの学生達と一緒に卒業旅行でこのホテルに泊まったが、
この時もこの絵が掛っていた。
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こんな絵がさり気なくかかっているのは、やはり老舗だと思う。
上村松園は宮尾登美子の「序の舞」のモデルになった人。
この本はずいぶん前に読んだが、ドロドロだけど面白い。

奈良ホテルの設計は明治の建築家、巨匠「辰野金吾」。

お茶の後、歩いて奈良国立博物館へ。
ちょうど正倉院展が開催中だった。
う~ん、やはり正倉院の宝物はすごい!
毎年、毎年決まって見に来る人がいるとか。
だから、そのころの奈良のホテルは満室になる。

京都もいいけど、奈良もいい。

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