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2011年12月の
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今年何番目かの出来事
2011.12.28
これまで建設現場には、延1000回以上は行っているのではないかと思う。
現場は結構危険なところだが、
オッカナビックリ屋なので、まだ一度も怪我をしたことがない。
ところが、ところが・・・・。
エレベーターを付ける現場があって、その穴に足を踏み外してしまったのだ。
1階で落ち、下は地下1階分の高さしかなかったのだけど、
落ちた時、落ちるまでの記憶が全くない。
そう書くと大怪我でもしたように思われるかもしれないけど、
実は気がついたときに、穴の入口の両サイドに両肘を広げて体を支え、ブランブランになっていた。
落ちる前のことは覚えているが、
落ちた瞬間や、両サイドの部材をとっさに確かめ、両肘を広げて体が落ちるのを防いだという記憶が全くない。
それにしても70数kgの体重を両肘でよく支えたものだ。
しかも両方の肘で35kgづつでなく衝撃荷重も加わっているはず。
すぐには誰も来てくれず、ブランブランの状態が続き、段々と腕がしびれて今にも落ちそうになったが、
結局、気付いた大工の丸チャンが下で「俺の肩に足をのっけてよ」と言ってくれ、
革靴を履いたままで悪かったけど、体重を下し助け出された。
落ちるときにどこも打っていなく、肘にアザもできてなかった。
次の日の朝もどこも痛くなかった。
本当に不思議。
こんなにスムースに落ち、咄嗟に穴の入口で両肘で支えていたとは、背後霊が僕を守ってくれていたんじゃないかと思うぐらい、奇跡的で不思議なな体験だった。
洋梨
2011.12.24
白菜に引き続き今度は果物。
洋梨はいろんな画家が書いているけど、
描きたい気持ちが分かるような気がする。
セザンヌにゴッホ、ブラック・・・・・、
日本だったらリンゴのように身近にあるからかもしれないけど、
単にゴツゴツと言うのでもなく、
梨という形を維持しながらも、
中から湧き出すような形の力強さに魅かれたんじゃないかな。
でも切ってみるとそのような力の動きはちっとも見えない。
外側の微妙な単線のカーブの動きが見えるだけ。
白菜
2011.12.22
野菜の詰め合わせセットを頂いた。
開けた途端、立派な白菜が目に飛び込んできた。
箱に入っていると、姿かたちが際立って見える。
白菜って何と綺麗で、立派、そしてこんな形をしていたのかと感心。
生野菜より中華のように煮込んだ野菜が好きだけど、
寒くなると白菜の入った鍋は最高。
メキシコのマリア
2011.12.16
メキシコに行ったときに買ってきた人形です。
先日、表参道を通ったけど、今年の年末の飾りつけは地味。
我が家も地味にクリスマスの飾りつけをした。
聖母子を中心に羊や東方の三博士などを並べた。
昨年はどこで買ったのか忘れたけど(多分モロッコだったか?いや違う)を飾った。
この二つはよく見ると似ている。
型をパクッて
世界中で同じようなものが作られいるのかも。
杉の木の日蝕
2011.12.11
「家づくり学校」の学生諸君と秩父へ。
秩父の山で杉の伐採現場や製材所などの見学のため。
秩父はもう冬だった。
この山、段々畑があるように見える。
それも頂上まで。
頂上まで段々畑がある山なんて、このあたりでは見たことがない。
と、不思議だなーと思っていたら、
あっ、そうかこの山は武甲山?じゃないかと思いだした。
確か石灰石を採ってたんじゃないかな?
だから段々になったのかも?
間違っていたら何方か教えて欲しいのですが。
杉の伐採現場では日本の樵(きこり)100人に選ばれている上林(かんばやし)の話を聞きながらの見学。
この上林さんの話が抜群に面白かった。
樵という仕事は木を切るだけかと思っていたら、
山全体の総体に係わっている人なんだと思った。
山の生態、生活、山とのかかわり方、山での仕事、山全体にかかわっている人なんですね。
その上林さんが伐採したスギの木をチェンソーで1cm厚に切ってもらった。
切ったばかりの瑞々しい木を太陽にかざしてみたら、輝いていた。
夜は月蝕、太陽が真反対に回ってたわけだ。
ゲージュツとドクショの秋 Ⅸ
2011.12.03
先日のイタリアのようにヨーロッパには装飾した玄関扉がよくあるが、日本には少ない。
日本の扉は木製で、外部だと風雨にやられるからか。
でも室内に目を移すと絵を描くことはよくある。
その中でも面白かったのは京都、修学院離宮の杉の板戸の絵。
最初は板戸に鯉の親子だけが描かれていたものらしい。
鯉の作者は不明だが、
後年、その上から円山応挙が網をかぶせたとのことで、なんともユーモラス。
よく見ると網に破れ目まで描いてあったりする。
さらに面白い逸話があって、
夜な夜な離宮から抜け出す女性がいて、外に子供まで設けたらしい。
そんなことから網をかけることになったというが、
だから鯉は雌なのだろう。
破れ目はそれでも抜け出していたことを表わしているのかも。