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2006年06月の
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いやいや・・・
2006.06.25
ブラジル戦を始め日本は惨敗。無残、惨め、屈辱、情けない、みっともない、恥ずかしい、哀れ・・・・、そんな言葉ばっかりでてきそうな戦いだった。でもこれ、現在の日本の実力。仕方がない。
スタジアムで観戦してても体力、精神力どちらも劣っていた。
これはずっと前から言われていることだけど・・・。
でもあきらめることはない。中田や中村の涙に未来の日本サッカーがあるような気がする。がんばれ、日本!
ところで、講演会のお知らせです。
神楽坂建築塾の公開講座で、テーマは「地中海から中近東へ、日本列島からアジアへ」
阿久井喜孝さん、平敬一さん、鈴木喜一さん、それに僕です。
大物の旅人ばかりの中で、どんな話しができるやら・・・。
日時は7月9日(日)13~15
詳しくは下記を見てください。
http://www.ayumi-g.com/kenchikujuku/juku2006/0709koukai/index.html
敗戦の記ー2
2006.06.17
真っ青な空の一筋の飛行機雲は美しい。夕日を浴びたそれなど、遠くの世界への夢さえかき立たせてくれる。
しかしヨーロッパのそれはチョッと違っている。飛行機雲が多すぎるのだ。
それはヨーロッパの都市間は新幹線(高速鉄道)で移動するには遠過ぎるし、またEUの出現で移動が増えたからだろう。
特に今回のワールドカップのように世界中から人が集まってくるとなると、それはすごい状態になってしまう。空がモウモウなのだ。
ドイツは国中が国立公園と思わせるぐらい、森と水それに都市がうまくかみ合って美しい。しかし空だけに関して言うとチョッと心配だ。
で、いよいよワールドカップ。日本対オーストラリア戦はとにかく暑かった。
後半日本選手はバテて、動きが悪く足が止まってしまった。
ヨーロッパの夏は日暮れが遅く、夜の9時でもまだ明るい。涼しくなるのもその頃からだ。
日本の試合のスタートは午後3時だったから暑い真っ最中だった。庇のかかったスタンドで32~3度あったからピッチはもっとあったに違いない。
しかも日本とは違った、乾燥した暑さだ。
オーストラリアにとっても条件は同じだが、あの暑さはオーストラリア向きだ。午前中に雨が降るとか、夜のスタートとか、あるいは海に近いハンブルグであれば結果はもうチョッと違っていたに違いない。
羽田に着き、弾丸ツァーではあったが日本のムッとした湿気の多い暑さが懐かしくもあり、また悔しさが甦った。
次の写真は観戦風景。どこかにいます。
次の写真は日本が最初に1点を入れたとき。ここまではよかったのだが。
敗戦の記
2006.06.14
いやー、負けてしまった。
試合が終わった後はみんなグッタリ、バスの中も飛行機の中も葬式みたいだった。
でも後4%の可能性があるとか。
あきらめずに応援しよう!
敗戦ではあったが面白いこともいろいろとあった。今回の応援紀行を書きます。
飛行機は例のサムライブルー号。何時も海外と言えば建築目当てだが、今回はサッカー弾丸ツァー、それにサムライブルー号ということもあって最初から違った雰囲気になる。(写真をクリックするとそれぞれ拡大します。)
フランクフルトに着いて、預けた荷物が出てくるのをを待っていたら、ベルトの上に何時までたっても回っている荷物が一つ。どうもワールドカップの優勝杯の形をしてるようだ。近づいてよく見たら、差出人adidas、受取人ベッカム様。ベルトが一回転した印の代わりに置いてあった物だ。何とユーモアにあふれたシャレた広告。
建築家のサガとして、ヤッパリ建築も見ることになった。学生のときから見たいと思っていた、ケルンの大聖堂。西側のファサードは有名で、期待してたのだが、あまり感激しなかった。確かにデカく端正な形をしているが、人を喜ばせる何かがない。やはり建築はイタリア、フランスが上手い。
それにしてもケルンの大聖堂には落書きが多かったこと。日本では考えられない。石だから少々のことでは消せる自信でもあるのか。
ケルンで面白いと思ったのは、ここはイタリアのフレスコ画と思うがごとき、駅の天井一杯の絵。中村に、ジダン、もちろんロナウジーニョ・・・が空を飛びながらサッカーをやっていてる。
この後は次回のお楽しみ。
ただ今より・・・・・
2006.06.09
日本の応援、弾丸ツァーに行ってきます。
大学に行ったら学生に「先生、僕は行けないからこの青いシャツをドイツに持っていってください。僕の気持はこのシャツに込めてあります」なんてことがありして、
彼の依頼のシャツも持って、行ってきます。
応援に行く人ばかりなので、飛行機の中から、すでに「日本!日本!」なんでしょうね。