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「住宅設計の考え方」を読み解く、第5期 講座の案内
2026.04.09
以前にもお知らせしましたが、泉 幸甫著「住宅設計の考え方」を読み解く、第5期 講座の御案内です。
当初、1~2期くらいを予定していたのに、何と第5期に突入です。
昨年の第4期で、モウお終いかナ、と思っていたのに、
これまでの受講生の方が、私たちが事務局をやりますから、
「もっとやりましょうよ」と背中を押してくれ、第5期をやることになりました。
僕の方もやればやる程、内容が高まって来るので、楽しみです!
申込は jutaku.izumi2026@gmail.com


野芥子
2026.03.27
春らしくなってきました。
東京では道端にタンポポに似たノゲシ(野芥子)をよく見かけます。
花だけ見たらタンポポと区別がつかないが、もう少し背が高く、葉はエネルギッシュ。
タンポポの花は地表近くに咲きますが、ノゲシはもう少し高く40~60㎝くらいのところに咲いている。

ところが通勤途中にスゴく背の高いノゲシを目にしました。
フェンスの高さが2mはあり、倉庫とフェンスの15㎝くらいしかない隙間で、ヒョロヒョロと上へ上へと延びていました。
何だかいとおしくなって、花だけでもと思いフェンスの外に出してあげた。
このノゲシ、外来種らしいが頑張っている姿を見ると、排斥する気になれない。

最近読んだ本
2026.03.10

高校の漢文の先生はテッチャンという頭が剥げた楽しい先生だったが、
漢文という授業そのものには何か違和感を覚え、身に入らなかった。
日本の古文の授業でさえ面倒なのに、現代の中国語でもない中国の古文をなぜ?とピンとこなかった。
今にして思えば、中国の影響が地下水脈のように流れていることから、漢文の授業があるのだろう。
しかし、「子曰く・・・」を勉強しなかったおかげで、孔子に弱い。
梅原猛さんがどこかで井上靖さんの中では「孔子」が面白いと書いておられ、手にした。
孔子様ってそういう世界だったのかと、知らない世界が少しだけ広がった。
でもこの本な中で最も面白かったのは漢字の訓読みがたくさん使われていること。
例えば、「しかし」を「併し」と書いてある。
最初は「へいし」と読んでいたが、どうも違うような気がして調べたら「しかし」と読むようだ。
なるほど、「しかし」にはそれまでの意とは逆に「それだけでなく」といった意もあるよな、と納得。
そのほかに、垂んとして、論う、荘ん、恰も、若し、革まる、迸る、判る、随って・・・等々。
訓読みには味わい深さがある。

井上靖の文体に魅かれ、次に手にしたのが「本覚坊遺文」。
梅原猛さんとは違ってこっちの本の方が断然面白かった。
簡単に言えば、利休についての本だが、その当時の茶人たちとその世界を描いたもので、
お茶の世界が生き生きと伝わってくる。
現代の綺麗な和服を見にした奥さん方の茶の世界と違って、
茶は武士の生きるか死ぬかの世界とともにあったのだ。
これまで茶室を建築としてみていたが、そうだったのか、そのような世界だったのかと、
茶室の見方が変わった。
建築の人も是非!

トランプにプーチン、世界が激動している。
ご存じ小泉悠さんはメディアにもよく出るロシアの軍事オタク。
そんな彼が、中国、アメリカ、ロシア、ヨーロッパそれぞれの場に身を置いた論客との対談で、
リアルな、それぞれの場に生きる人々の感情を引き出している。
現在、「小泉悠が護憲派と語り合う安全保障」を読んでいるが、この本のことは後日。
それにしても、このような本が出回るようになったこと自体、日本も大転換!!
「泰山館」が日本建築家協会「25年賞」を受賞
2026.02.27
日本建築家協会(JIA)主催する賞に「25年賞」というのがあります。
この賞に拙作「泰山館」が選ばれました。
賞の目的は「25年以上の長きにわたり、建築の存在価値を発揮し、美しく使い続けられ、地域社会に貢献してきた建築」を登録・顕彰するもの。
また建築が未来に向けて生き続けていくために、多様化する社会の中で建築が果たすべき役割を確認するとともに、次世代につながる建築の在り方を提示することを目的とする。
泰山館の完成は1990年、36年前になる。
これまでにいろいろな建築の賞をもらったが、この賞は格別にうれしかった。
時間に耐えられることは、建築の価値が試されることでもある。
更にこれから36年後に、もう僕はいないが、しっかりと息づく建物であって欲しい。


講座「住宅設計の考え方」を読み解く第五期のお知らせ
2026.02.17
2021年に出版しました「住宅設計の考え方」は、600頁近い大部で高価な本にもかかわらず好評をいただいています。
しかし、大部であることから読み始めるのに気合が必要で、なかなか読み始められない方もいらっしゃいます。
そのような方のために書いてある内容や、この本に入れられなかった図や写真、文も含め、全8回に分けて「住宅設計の考え方」を読み解く、を行います。また今期は秋には特別会として一泊二日の建築旅行を予定しています。
是非ご参加ください。
申込は名前、住所、現在の仕事を書き添えて次のアドレスに申し込んでください。


貫の楔
2025.11.13
水戸に所要があり、帰りに黄門さまの水戸城を見学した。
水戸城の立派な大手門です。

その左右の瓦を埋め込んだ壁がいい。

大手門をくぐり更に行くと、杉山門という小振りの門があった。

この門の貫を見たら、凄い!
何がって?

楔が山形になっています。
最近読んだ本
2025.10.30
久しぶりに 「最近読んだ本」です。
西洋の敗北 エマニュエル・トッド
話題の本だが、TVに出演しているトッドに興味をもち手にした。
話題になる本というのは自分が知らなかった世界に目を開かせてくれるが、この本もそうだった。世界の家族形態の類型や各国の様々な統計の推移からその社会の未来を大よそ読み解くことができることにびっくり。
アメリカ、ロシア、ドイツ、ウクライナ・・・、など世界の国々の見方がガラリと変わってしまった。
そしてウクライナの戦争の見方が変わった。
トッド人類史入門 エマニュエル・トッド 片山杜秀 佐藤優
上記の「西洋の敗北」は大部の本で、その入門書がこの「トッド人類史入門」。
片山杜秀さん、佐藤優さんという論客がやさしく解説してくれている、正しく入門書。
天使も踏むを畏れるところ 松家仁之
建築家、吉村順三をモデルにした小説。吉村順三は皇居新宮殿(正月に皇族の方々が並ばれて、その下でみんなが万歳三唱をする建物)の設計者だったが、彼は基本設計までやって、この仕事から降りた。
実施設計以降は宮内庁の官僚、ゼネコンのスタッフたちによって進められた。当然、吉村順三は宮殿という国家プロジェクトでもあり最後までこの仕事を成し遂げたかっただろうが、宮内庁の官僚の前で思うようにプロジェクトを進めることができず、自らこの仕事を降りる。
忸怩たる思いがあったことは想像に難くない。
その経緯を通して吉村順三の建築に向かう姿勢や、それに関わった作家や官僚、さらには皇室の方々も登場する。
職業を正面から取り上げた小説はめったにないが、この本の著者は建築をよく理解されていて脱帽というしかない。
ついでにこの「天使も踏むを畏れるところ」の出版の前に著者の松家さんには「火山のふもとで」という本も書かれている。
この本も吉村順三を描いた本で、こちらも建築を、特に住宅をやっている人なら間違いなく面白いと思うはず。
人間の大地 サン=テグジュペリ
サン=テグジュペリは「星の王子様」(童話?)でつとに有名。でも他に(大人向け?)の名作が沢山ある。
若い時にサン=テグジュペリの全集が出て、この「人間の大池」も読んだことがある。
50年以上前のことで、あまり良く覚えていなかったが、再読してこんなに面白い本だったのかと驚いた。
昔読んだ時はよく理解できていなかったのだろう。
上記の「天使も踏むを畏れるところ」は建築家という職業の主人公だが、この本は飛行機操縦士という職業のサン=テグジュペリの実体験も元に書かれたもので、職業を通して世界観、人間観にまで広がった深い思索が描かれ、その力強さと深さに共感する。
自分にとっても建築はやはり生きることそのものと言っていいようなもの。建築を通して世界を見る目が広がったと思えるからなおさらだ。
「木の建築賞」応募中です
2025.07.09
泉が選考委員をやっています「木の建築賞」(日本建築士会連合会との共同開催)第20回が応募中です。
今年の作品応募対象地域は関東・甲信越地区で茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県、長野県、新潟県です。
詳しくは添付のチラシを。


今年もこの季節
2025.06.17
事務所のある「あとりえずbldg.」の店先に半夏生(はんげしょう)という名の植物が植えてあり、今年も白い葉を付けています。
昔、一年を七十二候に分けた季節に半夏生 (はんげしょうず) というのがあって、この頃に白い葉を付けるからこの名になったとか。
半夏生という呼び名も、葉の白さも美しい。

もうチョイで完成です
2025.06.12
軽井沢の隣の御代田に作った住宅です。
現在外構工事の途中で、
まだ全部をお見せる状態ではありませんが、チラッと。

外壁に合わせ郵便受けもこんな感じ。

講座「住宅設計の考え方」を読み解く第四期のお知らせ
2025.04.02
2021年に出版しました「住宅設計の考え方」は、600頁近い大部で高価な本にもかかわらず好評をいただいています。
しかし、大部であることから読み始めるのに気合が必要で、なかなか読み始められない方もいらっしゃいます。
そのような方のために書いてある内容や、この本に入れられなかった図や写真、文も含め、全8回に分けて「住宅設計の考え方」を読み解く、を行います。
第1期は全6回、第2期、3期は全7回、そして今季は全8回にと、段々と回数を増やし、充実させています。
是非ご参加ください。
申込は名前、住所、現在の仕事を書き添えて次のアドレスに申し込んでください。 jyuutaku.izumi@gmail.com


35年目の改修―泰山館
2025.01.19
拙作泰山館が完成したのは1990年。
今年で築35年、昨年大規模改修をやった。
傷んだ屋根や外壁に手を入れ、植物が育ち過ぎた庭にも手を入れた。
中庭の真ん中にある泰山木は当初より二周りも三周も大きくなり、
それに見合っ作り替えたり変えた。。
地表にはタマリュウを敷き詰め、
すっかり明るく楚々とした感じになった。
35年付き合い続けることができとっても嬉しかった。
出来ることなら、この先の35年も見守り続けたいのだけど、
その時は僕はいないなー😢
この集合住宅は最近ビンテージマンションと呼ばれたりしているが、
ずっと美しくあって欲しいと願う。



傾斜地に建つ家
2024.12.25
遠くに富士山を仰ぐ小さな傾斜地。
約30度の傾斜地だが、30度は結構な傾斜。
スキー場でも上から見ると30度は怖い。
しかもこの敷地には平らなところがほとんどない。
そういう敷地での設計は生易しくない。
普通だと、地面をガボット掘るか,盛ったりして平らなところを作り、そこに階を重ねる。
しかしこの建物は敷地の土をできるだけ動かさずに傾斜に沿って段々とずらしながら階を重ねていった。
結果、階段状に4つのレベルが生まれ、家の中も楽しい。
まず、高いところにある道路から見た建物の外観で、玄関があります。

玄関と同じレベルにある部屋。

玄関から上下に行く階段があります。

階段を上がるとリビングとダイニング。

先程の階段を降りると水回りと寝室。

更に階段を降りると、最下階がユティリティー。
最下階には薪ストーブがあり、熱が階段室を登り建物全体を温める。

名古屋/覚王山の小さな家
2024.08.29
名古屋の小さな住宅です。
泉と以前私の事務所にいた武川君と一緒に設計し、名古屋の工務店の阿部建設で施工した小さな住宅です。
工務店の監督の香取君も大学での教え子。
建主さんも落ち着いた優しい方で、
そんなことからか落ち着いた優しい家ができました。
2階がリビング。
正面の障子の先は大きなバルコニー。
左手にリビング、その上にロフトがあります。


2階から3階への階段の途中から2階のダイニングを見下ろしています。

1階から2階への階段で、
階段の段板も手摺も自然に上階へと流れるように。
手摺には革ひもを巻いてあります。

これまでに積み重ねてきたいろんな”泉印”が使われています。
狭小の敷地の小さな家だけど、気品がある家にしたかった!

敷地のわずかに残ったところにも植栽を。



皆で手塩にかけるようにして作った住宅です。
僕もちょっとだけ関わった二冊の本の紹介
2024.07.12
本の紹介です。
布野修司さん編集で、若い建築研究者、建築家の論客でまとめられた住居論。
「はてしなき現代住居 1989年以後」です。
1989年というとバブル崩壊や昭和から平成へ年号が変わった頃だが、もう35年もたったのかとビックリもするが、でもそんな前でもない。。
そんな近過去だから、その間の住居の課題は現代においても地続きで、過去を見るというよりこれからを考える材料にもなる、そんな本だ。
この本の中に1989~2019の住居50選というのがあり、拙作のApartment鶉(じゅん)も取り上げられている。
近35年の近過去ではあるが、そのような歴史の中で自分の作った建物がどのようにとらえられるのか、大変興味があった。

もう一冊。
自分がかかわっている「和室」を世界遺産にする会から出版した本で、
和紙礼讃です。
こちらには僕もちょっと書ていて、「写す—表千家残月亭と村野藤吾自邸」を書いています。
この世界遺産にする会は「現代・和室の会」といいます。
和室に興味のある方は是非加入を。

建築家がお薦め 三ツ星★★★建築の旅シリーズⅡ-5 フランス プロヴァンスの三姉妹
2024.06.11
プロヴァンスの三姉妹
フランスに修道院は数あれど、特別に「プロバンスの三姉妹」と呼ばれる三つの修道院がある。
一つは前回紹介したル・トロネ修道院、それにシルヴァカーヌ修道院とセナンク修道院の三つ。
いずれもシトー派の修道院で、12世紀に作られた、つとに美しく有名な修道院である。
この三姉妹のあるプロヴァンスは自然も豊かだが、旅した5月はプロヴァンスの最も美しい、いい季節に巡り合わさった。
車中の4人は左右の風景を見ながら、もう有頂天だった。
右側を見ると、青々としてたわわな麦畑が五月の風で大きく波打つ。
ところどころにポツポツとポピーの花まで咲いている。
フランスは農業国だと言われるが、本当にそうだと実感できる。
その向こうの山は多分セザンヌが描いたサント·ヴィクトワール山か。

そのような風景を見ながらシルヴァカーヌ修道院に着く。
シルヴァカーヌ修道院で僕が気に入ったのは大きな聖堂ではなく、小さなチャプター・ハウス(会議室)と呼ばれる一室。
部屋の中央に二本のピラー(柱)がある。
一つは渦巻ていて石の重さを感じさせず、もう一本はとってもスリム。
そのピラーから、程よい大きさのふくよかなオジーヴ・ヴォールトと呼ばれるアーチが八方に伸びている。


シルバカンヌからセナンクへ行く途中、車が道をカーブすると突然山岳都市(ボニューBonnieux)が現れた。
近づくと何百年も経っていると思しき古い建物だが、まだ立派に使われている。
このあたりの建物はバカンスに来る人々によく使われているらしいとのこと。
電柱も看板も一つもない。建物と自然が一体になっている。
何か豊かだよね~!と思わず言葉がもれる。

さらに進んだ先のセナンク修道院です。

セナンクの地下室。
どういうわけか、上の聖堂もいいが、地下もいい。
エッジがきいた単純な造形だがどっしりとしている

シトー派の修道院には回廊がつきものだが、もちろんトロネやシルヴァカーヌ、セナンクにもある。
この回廊を見比べるのが面白いことに気づいた。
この後にもいろいろな回廊が出てくるが、中庭に面して列柱があり、それぞれの修道院ごとに柱の形や並べ方に工夫を凝らしている。
柱が2列だったり、それがずれていたり、リズムが入っていたり、また回廊のコーナーの納め方がそれぞれ違っていている。
よく見ると列柱と列柱が直角にぶつかるコーナーの納め方は苦心しているようで、解決の仕方が修道院ごとに異なる。

まだ旅は前半だが、建物の配置計画や石のテクスチャー、その石が生み出す光など、少しずつ見え始めてきた。
見えてくれば見るほど、ただただ、すごいな~、これすごいよ~と同行の建築家たちと声が弾む。
アヴィニョン、アルル、サン・ジル教会
「プロヴァンスの三姉妹」からさらに西へ。
「アヴィニョンの橋の上で♪」という歌で知られているアヴィニョンへ。
アヴィニョンではやはりロマネスク時代の教会などを見る。
さらにアルルではゴッホが入っていた精神病院も見る。
精神病院を見たのは、確かゴッホが描いた精神病院があったよなー、くらいの記憶があったから。
建築的な期待をしてたわけではないが、何となくついつい。
しかし、昨日見た素晴らしい「プロヴァンスの三姉妹」を後だけにガッカリ。
修道院をコンバージョンし、黄色いペンキを塗ったひどい建物で、見なきゃよかったと後悔。

ここにゴッホの絵があるわけではない。
やはり旅は、これっ!と思ったものを見るのがよい。
つぎにアルル近郊のサン・ジル教会(SAINT-GILLES)。
サン・ジルは立派な門構えのロマネスクの教会。
それに門の前にも立派な階段がある。
この階段に腰掛け、僕ら4名の御一行様は、フランスパンと水だけの昼食をとる。
この頃、超貧乏というわけでもなかったのだが、ロマネスクの堂々とした教会を背に、見上げると南仏の明るい空、階段に座って食べたパンが美味しかったこと。
そのおいしさは30年後の今でも記憶に残っている。

入り口の上にはやはりたくさんの図像が彫ってある。

サン・マルタン・ド・ロンドル
モンペリエを通過し、サン・マルタン・ド・ロンドル教会(SAINT MARTIN DE LONDRES)へと向かう。


円形のアプスや軒のジャバラなどはロマネスクのおおらかな形態が残ったいい建物だが、周りに良くない部分が混在している。
この教会は200年くらい前に大改修をやったらしい。
帰ってきてわかったのだが、この建物のオリジナルな部分は、この後に見ることになるギレムの修道院の修道僧によって作られたものとか。
ギレムはこの旅で見た3本の指に入る素晴らしいロマネスク建築だったが、なるほど、ギレムと同じ人たちが作ったのなら、改修の前は相当よかったんだろうな、と想像できる建物だった。
いい建物を後世に改修し、ダメにしてしまうのは何時でも、何処でも同じことなのだろう。
作った者たちの思いを理解しない人間が今でも横行している。
このあたりの街で見た住宅です。
フランスだなー。

サン・ギレム・ル・デゼール修道院
サン・マルタン・ド・ロンドル教会から、サン・ギレム・ル・デゼール修道院(Saint-Guilhem-le-Désert)へ。
ギレムは修道院も圧巻だが、山奥の渓谷の村にあって美しい。
フランスでも有数の美しい村に数えられているらしく、まずはこの村のことから。

古い村で、スペインへのサンティアゴ・デ・コンポステラへ向かう巡礼者が立ち寄る聖地でもあった。
日本とは違い石造りだから、建物の寿命が格段に長く、中世の世界に迷い込んだようだ。
ギレムの教会の前には広場があり、プラタナスが植わり、カフェテラスの椅子が並べられている。
ちなみに、奥の建物の3階、右側が僕の泊った部屋。
1階はバール(飲み屋)。



街中を歩いていると、こんな仕上げがさり気なくある。


教会堂の内部です。

わずかに開口の周りに手を加えただけで、小手先を使ったようなところが微塵もない。
ただただ石を積んだだけ、のようにも見える。
だが、心揺さぶられる壁だ。
それは石の質感か、光か、石の積み方か、石工の気持ちが伝わってくるのか、そのいずれも、なのだろうが、この良さを何と表現したらいいのか、なかなか言葉が見つからない
静謐、何の衒いもない・・・、いやいや、そう簡単ではない。
ル・トロネから始まり、このあたりに至ってもうロマネスクの虜になってしまった。
あ~、何と美しきことか!
ロマネスクの美しさは造形的に上手下手といった単純な世界ではない。
宗教が関与しているからか、人を包み込む優しさ、安心して何かにゆだねることのでる懐の深さがあるからなのか。

サン・ギレム・ル・デゼール修道院のあるギレムで泊まったホテルは、プチホテルとよく呼ばれる。
何百年も経った古い建物を改修したものが多い。
建築史の専門家ではないから確かなことは言えないが、ロマネスクやルネッサンスの時代に遡ることができる建物ではないか。
そのような古い建物に宿泊できるとは最高に幸せだ。
日本で言えば、江戸、室町時代の建物に泊まっているようなもの。
外壁は古い石積み。

しかし、石造とは言え、床や屋根などの水平方向は木造でできている。
これは世界共通。
アーチの石積みで床を持たせることもあるが、多くは水平方向に木の梁を渡し、床や屋根を支える。
天井を見上げると古い黒々とした梁が渡してある。
壁は多くの場合、漆喰。
クロスのようなチャライ材料は使ってない。
ある意味、何もしてないと言えばそうなのだが、それがいい。


ベッドのシーツはきれいだし、シャワーもよく出る。
(たまにそうでないこともあるが…)
これで、当時の価格だが、1泊2,000~3,000円!
勿論、素泊まりだけど。
こういったことこそ豊かさ、じゃないのかな?
この旅は大まかな目的地を決めて出発したが、厳密なスケジュールはなく行き当たりばったり。
だからホテルも目的地に着き探すことになる。
フランスでは部屋を見せてもらい、気に入ったら宿泊を決めることができる。
このようなプチホテルを探しながらのロマネスクを訪ねる旅だった。
パターン・ランゲージ研究会
2024.05.29
20年ぶりにパターンランゲージ研究会を始めた。
以前は繰り返し何度も研究会をやっていたが、久しぶりに若い人たちに促されて研究会をやることになった。
「パターン・ランゲージ―環境設計の手引き」は1977年にクリストファー・アレグザンダーによって書かれた本。半世紀前の出版にも関わらず根強い影響力を持っているから、そろそろ古典と言っていい本。
残念なことに著者本人は一昨年85歳で亡くなった。
このパターン・ランゲージの日本における受容、解釈は人によりさまざま。
純粋に研究対象の書としてとらえる人、実践のための書として、また建築家、都市計画家、行政にかかわる人とその立場によって読み方、利用の仕方が変わっている。
僕は30歳代の頃、アレグザンダーの下で仕事をしたことがあるから、この本だけでなく、実際の生身の建築家アレグザンダーからも強い影響を受けた。
僕にとっては、 「パターン・ランゲージ」は 建築、都市のより幅広い認識のための眼鏡と言っていいような本。
もっともアレグザンダーだけでなく、他の先生の「度」も僕の眼鏡に入っているけど…。

随分たくさん集まってくれて、「あとりえずbldg.」は満杯。
パターンランゲージの中から毎回1つのパターンをテーマにし、各自がそのパターンに倣い自分なりに発見した事例を発表するというスタイル。
この「自分なりに」というのが結構難しいよう。
つまり「自分自身になる」というのが難しい。
これが建築家になるための一歩かも。
建築家がお薦め 三ツ星★★★建築の旅シリーズⅡ-4 フランス ル・トロネ修道院
2024.05.15
ロマネスク建築、シトー派の修道院
前回のフランスの歩き方1に引き続きフランス、ロマネスク、シトー派修道院の旅。
前回のフランス中部のディジョン近くにあるサント・マドレーヌ大聖堂はスペインへの巡礼の道、サンチャゴコンポステーラの出発点だったが、他にもその出発点は多数ありサンチャゴへ、サンチャゴへと連なっている。その一つにイタリアに近いフランス東部を出発点とした地中海沿いの巡礼の道がある。
イタリア近くから、地中海を内陸部へやや入った山間の道を西へ、西へと進むと、そのうちに左手(南側)にあった地中海がピレネー山脈に変わる。このピレネー山脈を越えてスペインに入り、そしてサンチャゴに至るコースだ。
その山間の巡礼の道沿いに、心が揺さぶられるほどに美しいロマネスク、シトー派の修道院が点々と散らばっている。これまでの旅の中で、この旅ほど、宝石箱に入れ大事にとっておきたいと思える旅は他にはそうない。
それは何と言っても素晴らしい修道院の数々に巡り合うことができたからだが、その体験を通して、自分の中に新たな美のありようを発見することができたからだ。西洋の建築が石造であるにもかかわらず、何と優しい肌合いと造形をしていることか、そしてそれが何故可能なのか、そのなぞ解きの旅は、感性と知性を全開しながらの、新たな美への発見の旅であり、これほどワクワクするものはない。
素晴らしい旅には、このような感性と知性が行き来するワクワク感が漂っている。
旅の仕方もよかった。旅のきっかけは、例のごとく数枚の写真からだった。その写真の建物がロマネスク建築ということは分かってもそれ以上のことは何もわからなかったが、その建物たちには何かビビットくるものがあった。是非見たいと思った。
と言っても、当時どのあたりにいいロマネスク建築があるか見当もつかなかった。まずは建築や美術書をあさることから始めた。そうやっていたら、どうもロマネスクの中でもシトー派の建物がいいらしい、そしてそれがほぼフランスにあるらしいと段々と分かってきた。
それでもフランスのどのあたりになのか、具体的ことはもう一つよくわからない。
この旅に決定的に重要かつ貴重な情報を教えて頂いたのは、知り合いの知り合いで、美大の西洋美術史の教授だった。焼鳥屋だったかで、フランス全土の地図を広げ、ここは、という建物の場所をプロットしてもらった。やはりその道の大家に教えてもらったことで飛躍的にレベルの高い旅が可能となった。
それでも行くべきところの当りは付いても、実際にまだ行ってないのだから、行くべきところはまだ漠然としてしている。
行く前と、行った後ではその場所への把握のありようがまるっきり変わってくる。行く前は暗中模索のイメージが彷徨っているだけだが、行った後は何らかの確かなイメージが焼き付く。
その落差がある旅ほどワクワクし、記憶に残る。それにはやはり旅は行く前の茫漠としてでも自分の中に、確かではないが強く、かってに彷徨う何かがあるほどいい。そのような彷徨いはツアー旅行では得られない。行くまでの彷徨いが大事だ。
一緒に行ったのは建築家の友人で、総勢4名。同じ志を持った建築家との旅は楽しい。
8泊9日のレンタカーでの旅。前の席に二人、後ろの席に二人で、車中でも話が弾んだ。そしてできるだけ旅の偶然性も受けいれようと、主要な見学先と夜の宿泊先の町を大雑把に決め、途中に思いかけずに良いところがあれば、車を止める。食べるところ、飲むところ、泊まるところも行った先々で探す…。
フランス全土の地図の中の行くべき場所は決まっているが、車で旅することになると詳しい地図が必要になる。まだカーナビがないころだったから、ミシュランの地図と、ミシュランのグリーンガイドブックがよりどころとなった。
このミシュランの地図とグリーンガイドブックは関連付けられていて、車での大きな移動は地図で、目的の町に着いたらグリーンガイドにスムースに移行でき、街の概要や、見るべき建物の場所、解説が丁寧に書いてある。この地図とガイドブックさえあれば地球上の目指すところに正確無比に、確実に到達できるようになっていて、さすが、デカルトの3次元グラフを生み出した国、と思わずにいられないものだ。
今はカーナビがあるから地図の必要性は薄れたが、グリーンガイドブックは今でも最もすぐれたガイドブックだ。どこかの国の「地球の○○○」とは比べ物にならない知的レベルの高さがある。恐らく何人もの学芸員の手になったものだろう。
フランス (ミシュラン・グリーンガイド) ペーパーバック
残念なことに次の本は現在古本しかないが、古本でも求める人は多い。
プロヴァンス 全改訂版 (ミシュラン・グリーンガイド) ペーパーバック
ル・トロネ修道院
前置きが長くなったが、まずは成田からパリ、そしてニースへ。
ニース・コートダジュール空港でレンタカーを借り、西に向け高速道路を走り始める。左下に(地中海側に)、見るからにリッチそうな雰囲気が漂う世界有数のリゾート地であるニース、カンヌの海岸や街が通り過ぎる。だが、無視。
我々は、ロマネスクを見に行くのだ‼とばっかりに、高速道路をひた走る。
最初に目指す建物は建築家の間では有名なル・トロネ修道院だ。
何故この建物が有名かと言えば、ル・コルビュジェが彼の代表作の一つであるラツーレット修道院を設計するにあたり、参考にしたことからだが、僕にとってはもう一つ、フェルナンド・プイヨンという人が書いた、「粗い石」という本を読んだことにもよる。
「粗い石」はル・トロネを建てた工事監督の日記という形で書かれている。修道士でもある建築家が建設を行うにあたり、今の私たちと同じように技術や予算などと格闘し、さまざまな障害によって精神的苦悩にさいなまれることなど、中世の建築を身近に感じることができる。建築の名著の一つ。
ミシュランを頼りに、ニースから西へ180Kmくらい離れたところに私たちが目指すLe Tholonet(ル・トロネ)がある。
Le Tholonetに着きいよいよ、ル・トロネ修道院を見ることができると、ワクワクしながら探すのだが、なかなか見つからない。
村の人に、Abbaye!Abbaye!(修道院)と言って尋ねたが、指さしてくれる建物は写真で知るトロネとはとても似つかないもの。
何処を見回しても写真で見たトロネがない!ミシュランで来たのに、何故ない?不安感がモウモウと立ち上がる。誰もフランス語ができない私たちのグループ。
もう一度地図をよく見たら、このLe Tholonetと出発したニースとの間に、Le Thoronetがある。なんとlとrを間違っていたのだ!!!
また高速道路をニース方面に引き返す。東京から三島あたりまで引き返すことになった。

Le Thoronetに着いたときには午後も遅くなっていた。ヨーロッパの夏の日暮れは遅いと言っても、もう薄暗くなり始めた頃だった。
でもいいこともある。おかげで観光客もほとんどいなく、静か。ひっそりとして我々が貸し切ったようなものだった。我々4人は静謐なル・トロネの世界に包まれた。
旅はそんなものだ。



ロマネスク建築の素晴らしい写真集です。
石と光 シトーのロマネスク聖堂
田沼武写真集ロマネスク古寺巡礼
次回「フランス、シトー派修道院、その3」へと旅は続きます。





