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「雪窓湖の家」
2026.04.26

九州の田舎で育った僕にとって、軽井沢との縁は大学生の頃にはじまる。師事した先生がこの地に別荘を持っていて、夏になると研究室ごとそこへ移った。以来、軽井沢の記憶は、いくつもの層となって僕の中に残っている。
半世紀前の軽井沢は、今よりずっと静かな避暑地だった。のんびりとした空気の中に身を置きながらも、研究室では鬼のような厳しさにさらされる。その落差がひとつに溶け合った風景として、いまも思い出される。
設計事務所を始めてから、軽井沢周辺で十件あまりの住まいをつくらせてもらった。ここでの仕事は、忘れていた感覚を呼び戻してくれる。五月、新緑が萌え立つ。夏、人が増え、どこか浮き立つ気配が漂う。九月も終わりに近づくと、小道に霧が降りて、景色はやわらかなベールに包まれる。冬、雪に覆われた大地の向こうに、浅間山が雪雲を引きながら、くっきりと姿を見せる。
「雪窓湖の家」は、そんな軽井沢の少し外側、いまでは「西軽井沢」とも呼ばれる御代田にある。軽井沢ほど厳しくはない寒さと乾いた空気。旧軽井沢の喧騒から少し距離を置いた、かつての軽井沢のような時間が流れている。
思い返せば、僕が三十歳の頃、初めて軽井沢でつくった別荘もこの御代田だった。あのあたりだったはずだと記憶をたどると、すぐ近くにその建物はしっかりと残っていた。五十年近い時間を経てもなお静かに建ち続けている。その姿を見たとき、鳥肌が立つような喜びが込み上げ、ここでもう一度建てることに、どこか巡り戻ってきたような感覚を覚えた。
建主はこの地に至るまで、軽井沢のあちこちを見て回られたという。最終的にこの場所を選ばれたのは、永く暮らすにふさわしい静けさと、そして眼下に広がる雪窓湖の存在だったのだろう。風のない日には、水面が空をそのまま映し込むような、ひっそりとした湖である。
出会いもまた巡り合わせだった。私がかかわる会の事務局のすぐ近くに建主が住んでおられた。ふとしたきっかけで会を訪れ、設計者を探され、僕が関わることになった。

設計は、自然に囲まれた穏やかな日々を、ゆったりと過ごされる情景を思い描くことから始めた。
しかし昨今の建設費の高騰は厳しく、そのイメージを実現するには現実的で緻密な積み重ねが必要だった。寒冷地では基礎工事の負担が大きくなるため、複雑な基礎を避け、等高線に沿った平面とすることでコストを抑えている。その結果、建物は水平にのびやかに広がる姿を得ることになった。
素材についても、これまで付き合い続けてきた職人たちの手を借り、できるだけ自然のものを選んだ。建物の中心となるリビングには、島根県浜田の石州敷瓦や、名古屋でつくられている肌合いのやわらかな半ハンドメイドのタイルを用いている。主となる壁には表情のある左官仕上げ、その他の壁は薄く現代的な土壁とした。床には屋久島で見つけた杉材を産地から直接取り寄せた。いわゆる屋久杉とは異なり、いまも切り出しが可能な杉だが、硬く、静かな表情を持ちながら、まだあまり知られていない材である。



かつてのように素材を自由に使うことは難しくなったが、要所にはしっかりと力を入れ、それ以外の部分では抑制を効かせた。たとえばゲストルームの天井は、節の多い杉板に白い塗装を施しただけの簡素な仕上げだが、かえって軽やかで、訪れる人に喜ばれる空間となっている。

建築には、いくつもの困難がつきまとう。一つ山を越えても、また次の山が現れる。それでもそれらを乗り越え、かたちとして立ち上がったときの喜びは、何ものにも代えがたい。
「雪窓湖の家」の建主は、そのことをよく理解しておられた。創作する者への敬意を持ち、芸術を愛する方だったからこそ、僕も気持ちよく仕事に向き合うことができた。「泉さんはアルチザンだ」と言っていただけたことは、望外の喜びである。
建物が完成し移住されたあと、建主は長野の温泉を巡り、酒を楽しみ、薪ストーブの火を眺めながら冬を過ごしているという。雪景色の中で杯を傾ける時間は、きっと何ものにも代えがたいだろう。室内には、気に入っておられるマチスのリトグラフが静かに掛けられている。
そんな暮らしを、きっと最初から思い描いておられたのだと思う。そしていま、その時間は確かに日々の中にある。
「雪窓湖の家」が完成して、そろそろ一年になる。現場にはよく通ったが、引き渡しを終えても、どこかまだ仕事が終わっていないような気がしている。いや、終わってほしくなかったのかもしれない。美しい四季の風景と、何よりあの気持ちのいい建主、そして自分なりに力を注いだ建物が、そこにあるからだろう。
もうすぐ、新緑の季節が来る。光の中で木々が一斉に芽吹く、あの短い時間。
そろそろ、行きたい。
僕にとってもまたひとつ、軽井沢との縁ができた。
その後の野芥子
2026.04.20
前々回に書き込んだ野芥子だけど、どんどん大きくなって、何とH=2.5mくらいまで伸びてしまっている。
僕が塀から顔を出してあげた枝の花はフワフワの種になっていた。
与えられたその場で必死に生きていくんですね。

「住宅設計の考え方」を読み解く、第5期 講座の案内
2026.04.09
以前にもお知らせしましたが、泉 幸甫著「住宅設計の考え方」を読み解く、第5期 講座の御案内です。
当初、1~2期くらいを予定していたのに、何と第5期に突入です。
昨年の第4期で、モウお終いかナ、と思っていたのに、
これまでの受講生の方が、私たちが事務局をやりますから、
「もっとやりましょうよ」と背中を押してくれ、第5期をやることになりました。
僕の方もやればやる程、内容が高まって来るので、楽しみです!
申込は jutaku.izumi2026@gmail.com


野芥子
2026.03.27
春らしくなってきました。
東京では道端にタンポポに似たノゲシ(野芥子)をよく見かけます。
花だけ見たらタンポポと区別がつかないが、もう少し背が高く、葉はエネルギッシュ。
タンポポの花は地表近くに咲きますが、ノゲシはもう少し高く40~60㎝くらいのところに咲いている。

ところが通勤途中にスゴく背の高いノゲシを目にしました。
フェンスの高さが2mはあり、倉庫とフェンスの15㎝くらいしかない隙間で、ヒョロヒョロと上へ上へと延びていました。
何だかいとおしくなって、花だけでもと思いフェンスの外に出してあげた。
このノゲシ、外来種らしいが頑張っている姿を見ると、排斥する気になれない。

最近読んだ本
2026.03.10

高校の漢文の先生はテッチャンという頭が剥げた楽しい先生だったが、
漢文という授業そのものには何か違和感を覚え、身に入らなかった。
日本の古文の授業でさえ面倒なのに、現代の中国語でもない中国の古文をなぜ?とピンとこなかった。
今にして思えば、中国の影響が地下水脈のように流れていることから、漢文の授業があるのだろう。
しかし、「子曰く・・・」を勉強しなかったおかげで、孔子に弱い。
梅原猛さんがどこかで井上靖さんの中では「孔子」が面白いと書いておられ、手にした。
孔子様ってそういう世界だったのかと、知らない世界が少しだけ広がった。
でもこの本な中で最も面白かったのは漢字の訓読みがたくさん使われていること。
例えば、「しかし」を「併し」と書いてある。
最初は「へいし」と読んでいたが、どうも違うような気がして調べたら「しかし」と読むようだ。
なるほど、「しかし」にはそれまでの意とは逆に「それだけでなく」といった意もあるよな、と納得。
そのほかに、垂んとして、論う、荘ん、恰も、若し、革まる、迸る、判る、随って・・・等々。
訓読みには味わい深さがある。

井上靖の文体に魅かれ、次に手にしたのが「本覚坊遺文」。
梅原猛さんとは違ってこっちの本の方が断然面白かった。
簡単に言えば、利休についての本だが、その当時の茶人たちとその世界を描いたもので、
お茶の世界が生き生きと伝わってくる。
現代の綺麗な和服を見にした奥さん方の茶の世界と違って、
茶は武士の生きるか死ぬかの世界とともにあったのだ。
これまで茶室を建築としてみていたが、そうだったのか、そのような世界だったのかと、
茶室の見方が変わった。
建築の人も是非!

トランプにプーチン、世界が激動している。
ご存じ小泉悠さんはメディアにもよく出るロシアの軍事オタク。
そんな彼が、中国、アメリカ、ロシア、ヨーロッパそれぞれの場に身を置いた論客との対談で、
リアルな、それぞれの場に生きる人々の感情を引き出している。
現在、「小泉悠が護憲派と語り合う安全保障」を読んでいるが、この本のことは後日。
それにしても、このような本が出回るようになったこと自体、日本も大転換!!
「泰山館」が日本建築家協会「25年賞」を受賞
2026.02.27
日本建築家協会(JIA)主催する賞に「25年賞」というのがあります。
この賞に拙作「泰山館」が選ばれました。
賞の目的は「25年以上の長きにわたり、建築の存在価値を発揮し、美しく使い続けられ、地域社会に貢献してきた建築」を登録・顕彰するもの。
また建築が未来に向けて生き続けていくために、多様化する社会の中で建築が果たすべき役割を確認するとともに、次世代につながる建築の在り方を提示することを目的とする。
泰山館の完成は1990年、36年前になる。
これまでにいろいろな建築の賞をもらったが、この賞は格別にうれしかった。
時間に耐えられることは、建築の価値が試されることでもある。
更にこれから36年後に、もう僕はいないが、しっかりと息づく建物であって欲しい。


講座「住宅設計の考え方」を読み解く第五期のお知らせ
2026.02.17
2021年に出版しました「住宅設計の考え方」は、600頁近い大部で高価な本にもかかわらず好評をいただいています。
しかし、大部であることから読み始めるのに気合が必要で、なかなか読み始められない方もいらっしゃいます。
そのような方のために書いてある内容や、この本に入れられなかった図や写真、文も含め、全8回に分けて「住宅設計の考え方」を読み解く、を行います。また今期は秋には特別会として一泊二日の建築旅行を予定しています。
是非ご参加ください。
申込は名前、住所、現在の仕事を書き添えて次のアドレスに申し込んでください。


貫の楔
2025.11.13
水戸に所要があり、帰りに黄門さまの水戸城を見学した。
水戸城の立派な大手門です。

その左右の瓦を埋め込んだ壁がいい。

大手門をくぐり更に行くと、杉山門という小振りの門があった。

この門の貫を見たら、凄い!
何がって?

楔が山形になっています。
最近読んだ本
2025.10.30
久しぶりに 「最近読んだ本」です。
西洋の敗北 エマニュエル・トッド
話題の本だが、TVに出演しているトッドに興味をもち手にした。
話題になる本というのは自分が知らなかった世界に目を開かせてくれるが、この本もそうだった。世界の家族形態の類型や各国の様々な統計の推移からその社会の未来を大よそ読み解くことができることにびっくり。
アメリカ、ロシア、ドイツ、ウクライナ・・・、など世界の国々の見方がガラリと変わってしまった。
そしてウクライナの戦争の見方が変わった。
トッド人類史入門 エマニュエル・トッド 片山杜秀 佐藤優
上記の「西洋の敗北」は大部の本で、その入門書がこの「トッド人類史入門」。
片山杜秀さん、佐藤優さんという論客がやさしく解説してくれている、正しく入門書。
天使も踏むを畏れるところ 松家仁之
建築家、吉村順三をモデルにした小説。吉村順三は皇居新宮殿(正月に皇族の方々が並ばれて、その下でみんなが万歳三唱をする建物)の設計者だったが、彼は基本設計までやって、この仕事から降りた。
実施設計以降は宮内庁の官僚、ゼネコンのスタッフたちによって進められた。当然、吉村順三は宮殿という国家プロジェクトでもあり最後までこの仕事を成し遂げたかっただろうが、宮内庁の官僚の前で思うようにプロジェクトを進めることができず、自らこの仕事を降りる。
忸怩たる思いがあったことは想像に難くない。
その経緯を通して吉村順三の建築に向かう姿勢や、それに関わった作家や官僚、さらには皇室の方々も登場する。
職業を正面から取り上げた小説はめったにないが、この本の著者は建築をよく理解されていて脱帽というしかない。
ついでにこの「天使も踏むを畏れるところ」の出版の前に著者の松家さんには「火山のふもとで」という本も書かれている。
この本も吉村順三を描いた本で、こちらも建築を、特に住宅をやっている人なら間違いなく面白いと思うはず。
人間の大地 サン=テグジュペリ
サン=テグジュペリは「星の王子様」(童話?)でつとに有名。でも他に(大人向け?)の名作が沢山ある。
若い時にサン=テグジュペリの全集が出て、この「人間の大池」も読んだことがある。
50年以上前のことで、あまり良く覚えていなかったが、再読してこんなに面白い本だったのかと驚いた。
昔読んだ時はよく理解できていなかったのだろう。
上記の「天使も踏むを畏れるところ」は建築家という職業の主人公だが、この本は飛行機操縦士という職業のサン=テグジュペリの実体験も元に書かれたもので、職業を通して世界観、人間観にまで広がった深い思索が描かれ、その力強さと深さに共感する。
自分にとっても建築はやはり生きることそのものと言っていいようなもの。建築を通して世界を見る目が広がったと思えるからなおさらだ。
「木の建築賞」応募中です
2025.07.09
泉が選考委員をやっています「木の建築賞」(日本建築士会連合会との共同開催)第20回が応募中です。
今年の作品応募対象地域は関東・甲信越地区で茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県、長野県、新潟県です。
詳しくは添付のチラシを。


今年もこの季節
2025.06.17
事務所のある「あとりえずbldg.」の店先に半夏生(はんげしょう)という名の植物が植えてあり、今年も白い葉を付けています。
昔、一年を七十二候に分けた季節に半夏生 (はんげしょうず) というのがあって、この頃に白い葉を付けるからこの名になったとか。
半夏生という呼び名も、葉の白さも美しい。

もうチョイで完成です
2025.06.12
軽井沢の隣の御代田に作った住宅です。
現在外構工事の途中で、
まだ全部をお見せる状態ではありませんが、チラッと。

外壁に合わせ郵便受けもこんな感じ。

講座「住宅設計の考え方」を読み解く第四期のお知らせ
2025.04.02
2021年に出版しました「住宅設計の考え方」は、600頁近い大部で高価な本にもかかわらず好評をいただいています。
しかし、大部であることから読み始めるのに気合が必要で、なかなか読み始められない方もいらっしゃいます。
そのような方のために書いてある内容や、この本に入れられなかった図や写真、文も含め、全8回に分けて「住宅設計の考え方」を読み解く、を行います。
第1期は全6回、第2期、3期は全7回、そして今季は全8回にと、段々と回数を増やし、充実させています。
是非ご参加ください。
申込は名前、住所、現在の仕事を書き添えて次のアドレスに申し込んでください。 jyuutaku.izumi@gmail.com


35年目の改修―泰山館
2025.01.19
拙作泰山館が完成したのは1990年。
今年で築35年、昨年大規模改修をやった。
傷んだ屋根や外壁に手を入れ、植物が育ち過ぎた庭にも手を入れた。
中庭の真ん中にある泰山木は当初より二周りも三周も大きくなり、
それに見合っ作り替えたり変えた。。
地表にはタマリュウを敷き詰め、
すっかり明るく楚々とした感じになった。
35年付き合い続けることができとっても嬉しかった。
出来ることなら、この先の35年も見守り続けたいのだけど、
その時は僕はいないなー😢
この集合住宅は最近ビンテージマンションと呼ばれたりしているが、
ずっと美しくあって欲しいと願う。



傾斜地に建つ家
2024.12.25
遠くに富士山を仰ぐ小さな傾斜地。
約30度の傾斜地だが、30度は結構な傾斜。
スキー場でも上から見ると30度は怖い。
しかもこの敷地には平らなところがほとんどない。
そういう敷地での設計は生易しくない。
普通だと、地面をガボット掘るか,盛ったりして平らなところを作り、そこに階を重ねる。
しかしこの建物は敷地の土をできるだけ動かさずに傾斜に沿って段々とずらしながら階を重ねていった。
結果、階段状に4つのレベルが生まれ、家の中も楽しい。
まず、高いところにある道路から見た建物の外観で、玄関があります。

玄関と同じレベルにある部屋。

玄関から上下に行く階段があります。

階段を上がるとリビングとダイニング。

先程の階段を降りると水回りと寝室。

更に階段を降りると、最下階がユティリティー。
最下階には薪ストーブがあり、熱が階段室を登り建物全体を温める。

名古屋/覚王山の小さな家
2024.08.29
名古屋の小さな住宅です。
泉と以前私の事務所にいた武川君と一緒に設計し、名古屋の工務店の阿部建設で施工した小さな住宅です。
工務店の監督の香取君も大学での教え子。
建主さんも落ち着いた優しい方で、
そんなことからか落ち着いた優しい家ができました。
2階がリビング。
正面の障子の先は大きなバルコニー。
左手にリビング、その上にロフトがあります。


2階から3階への階段の途中から2階のダイニングを見下ろしています。

1階から2階への階段で、
階段の段板も手摺も自然に上階へと流れるように。
手摺には革ひもを巻いてあります。

これまでに積み重ねてきたいろんな”泉印”が使われています。
狭小の敷地の小さな家だけど、気品がある家にしたかった!

敷地のわずかに残ったところにも植栽を。



皆で手塩にかけるようにして作った住宅です。
僕もちょっとだけ関わった二冊の本の紹介
2024.07.12
本の紹介です。
布野修司さん編集で、若い建築研究者、建築家の論客でまとめられた住居論。
「はてしなき現代住居 1989年以後」です。
1989年というとバブル崩壊や昭和から平成へ年号が変わった頃だが、もう35年もたったのかとビックリもするが、でもそんな前でもない。。
そんな近過去だから、その間の住居の課題は現代においても地続きで、過去を見るというよりこれからを考える材料にもなる、そんな本だ。
この本の中に1989~2019の住居50選というのがあり、拙作のApartment鶉(じゅん)も取り上げられている。
近35年の近過去ではあるが、そのような歴史の中で自分の作った建物がどのようにとらえられるのか、大変興味があった。

もう一冊。
自分がかかわっている「和室」を世界遺産にする会から出版した本で、
和紙礼讃です。
こちらには僕もちょっと書ていて、「写す—表千家残月亭と村野藤吾自邸」を書いています。
この世界遺産にする会は「現代・和室の会」といいます。
和室に興味のある方は是非加入を。

建築家がお薦め 三ツ星★★★建築の旅シリーズⅡ-5 フランス プロヴァンスの三姉妹
2024.06.11
プロヴァンスの三姉妹
フランスに修道院は数あれど、特別に「プロバンスの三姉妹」と呼ばれる三つの修道院がある。
一つは前回紹介したル・トロネ修道院、それにシルヴァカーヌ修道院とセナンク修道院の三つ。
いずれもシトー派の修道院で、12世紀に作られた、つとに美しく有名な修道院である。
この三姉妹のあるプロヴァンスは自然も豊かだが、旅した5月はプロヴァンスの最も美しい、いい季節に巡り合わさった。
車中の4人は左右の風景を見ながら、もう有頂天だった。
右側を見ると、青々としてたわわな麦畑が五月の風で大きく波打つ。
ところどころにポツポツとポピーの花まで咲いている。
フランスは農業国だと言われるが、本当にそうだと実感できる。
その向こうの山は多分セザンヌが描いたサント·ヴィクトワール山か。

そのような風景を見ながらシルヴァカーヌ修道院に着く。
シルヴァカーヌ修道院で僕が気に入ったのは大きな聖堂ではなく、小さなチャプター・ハウス(会議室)と呼ばれる一室。
部屋の中央に二本のピラー(柱)がある。
一つは渦巻ていて石の重さを感じさせず、もう一本はとってもスリム。
そのピラーから、程よい大きさのふくよかなオジーヴ・ヴォールトと呼ばれるアーチが八方に伸びている。


シルバカンヌからセナンクへ行く途中、車が道をカーブすると突然山岳都市(ボニューBonnieux)が現れた。
近づくと何百年も経っていると思しき古い建物だが、まだ立派に使われている。
このあたりの建物はバカンスに来る人々によく使われているらしいとのこと。
電柱も看板も一つもない。建物と自然が一体になっている。
何か豊かだよね~!と思わず言葉がもれる。

さらに進んだ先のセナンク修道院です。

セナンクの地下室。
どういうわけか、上の聖堂もいいが、地下もいい。
エッジがきいた単純な造形だがどっしりとしている

シトー派の修道院には回廊がつきものだが、もちろんトロネやシルヴァカーヌ、セナンクにもある。
この回廊を見比べるのが面白いことに気づいた。
この後にもいろいろな回廊が出てくるが、中庭に面して列柱があり、それぞれの修道院ごとに柱の形や並べ方に工夫を凝らしている。
柱が2列だったり、それがずれていたり、リズムが入っていたり、また回廊のコーナーの納め方がそれぞれ違っていている。
よく見ると列柱と列柱が直角にぶつかるコーナーの納め方は苦心しているようで、解決の仕方が修道院ごとに異なる。

まだ旅は前半だが、建物の配置計画や石のテクスチャー、その石が生み出す光など、少しずつ見え始めてきた。
見えてくれば見るほど、ただただ、すごいな~、これすごいよ~と同行の建築家たちと声が弾む。
アヴィニョン、アルル、サン・ジル教会
「プロヴァンスの三姉妹」からさらに西へ。
「アヴィニョンの橋の上で♪」という歌で知られているアヴィニョンへ。
アヴィニョンではやはりロマネスク時代の教会などを見る。
さらにアルルではゴッホが入っていた精神病院も見る。
精神病院を見たのは、確かゴッホが描いた精神病院があったよなー、くらいの記憶があったから。
建築的な期待をしてたわけではないが、何となくついつい。
しかし、昨日見た素晴らしい「プロヴァンスの三姉妹」を後だけにガッカリ。
修道院をコンバージョンし、黄色いペンキを塗ったひどい建物で、見なきゃよかったと後悔。

ここにゴッホの絵があるわけではない。
やはり旅は、これっ!と思ったものを見るのがよい。
つぎにアルル近郊のサン・ジル教会(SAINT-GILLES)。
サン・ジルは立派な門構えのロマネスクの教会。
それに門の前にも立派な階段がある。
この階段に腰掛け、僕ら4名の御一行様は、フランスパンと水だけの昼食をとる。
この頃、超貧乏というわけでもなかったのだが、ロマネスクの堂々とした教会を背に、見上げると南仏の明るい空、階段に座って食べたパンが美味しかったこと。
そのおいしさは30年後の今でも記憶に残っている。

入り口の上にはやはりたくさんの図像が彫ってある。

サン・マルタン・ド・ロンドル
モンペリエを通過し、サン・マルタン・ド・ロンドル教会(SAINT MARTIN DE LONDRES)へと向かう。


円形のアプスや軒のジャバラなどはロマネスクのおおらかな形態が残ったいい建物だが、周りに良くない部分が混在している。
この教会は200年くらい前に大改修をやったらしい。
帰ってきてわかったのだが、この建物のオリジナルな部分は、この後に見ることになるギレムの修道院の修道僧によって作られたものとか。
ギレムはこの旅で見た3本の指に入る素晴らしいロマネスク建築だったが、なるほど、ギレムと同じ人たちが作ったのなら、改修の前は相当よかったんだろうな、と想像できる建物だった。
いい建物を後世に改修し、ダメにしてしまうのは何時でも、何処でも同じことなのだろう。
作った者たちの思いを理解しない人間が今でも横行している。
このあたりの街で見た住宅です。
フランスだなー。

サン・ギレム・ル・デゼール修道院
サン・マルタン・ド・ロンドル教会から、サン・ギレム・ル・デゼール修道院(Saint-Guilhem-le-Désert)へ。
ギレムは修道院も圧巻だが、山奥の渓谷の村にあって美しい。
フランスでも有数の美しい村に数えられているらしく、まずはこの村のことから。

古い村で、スペインへのサンティアゴ・デ・コンポステラへ向かう巡礼者が立ち寄る聖地でもあった。
日本とは違い石造りだから、建物の寿命が格段に長く、中世の世界に迷い込んだようだ。
ギレムの教会の前には広場があり、プラタナスが植わり、カフェテラスの椅子が並べられている。
ちなみに、奥の建物の3階、右側が僕の泊った部屋。
1階はバール(飲み屋)。



街中を歩いていると、こんな仕上げがさり気なくある。


教会堂の内部です。

わずかに開口の周りに手を加えただけで、小手先を使ったようなところが微塵もない。
ただただ石を積んだだけ、のようにも見える。
だが、心揺さぶられる壁だ。
それは石の質感か、光か、石の積み方か、石工の気持ちが伝わってくるのか、そのいずれも、なのだろうが、この良さを何と表現したらいいのか、なかなか言葉が見つからない
静謐、何の衒いもない・・・、いやいや、そう簡単ではない。
ル・トロネから始まり、このあたりに至ってもうロマネスクの虜になってしまった。
あ~、何と美しきことか!
ロマネスクの美しさは造形的に上手下手といった単純な世界ではない。
宗教が関与しているからか、人を包み込む優しさ、安心して何かにゆだねることのでる懐の深さがあるからなのか。

サン・ギレム・ル・デゼール修道院のあるギレムで泊まったホテルは、プチホテルとよく呼ばれる。
何百年も経った古い建物を改修したものが多い。
建築史の専門家ではないから確かなことは言えないが、ロマネスクやルネッサンスの時代に遡ることができる建物ではないか。
そのような古い建物に宿泊できるとは最高に幸せだ。
日本で言えば、江戸、室町時代の建物に泊まっているようなもの。
外壁は古い石積み。

しかし、石造とは言え、床や屋根などの水平方向は木造でできている。
これは世界共通。
アーチの石積みで床を持たせることもあるが、多くは水平方向に木の梁を渡し、床や屋根を支える。
天井を見上げると古い黒々とした梁が渡してある。
壁は多くの場合、漆喰。
クロスのようなチャライ材料は使ってない。
ある意味、何もしてないと言えばそうなのだが、それがいい。


ベッドのシーツはきれいだし、シャワーもよく出る。
(たまにそうでないこともあるが…)
これで、当時の価格だが、1泊2,000~3,000円!
勿論、素泊まりだけど。
こういったことこそ豊かさ、じゃないのかな?
この旅は大まかな目的地を決めて出発したが、厳密なスケジュールはなく行き当たりばったり。
だからホテルも目的地に着き探すことになる。
フランスでは部屋を見せてもらい、気に入ったら宿泊を決めることができる。
このようなプチホテルを探しながらのロマネスクを訪ねる旅だった。





