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建築家がお薦め 三ツ星★★★建築の旅シリーズⅡ 1-ベルリン

2024.01.11

ベルリンの歩き方

冷戦構造の崩壊

第二次世界大戦後の歴史は大きく見ると、1989年のベルリンの崩壊の前後で分かれる。ベルリンの壁の崩壊は東西冷戦構造の崩壊の象徴で、また日本ではバブル経済が崩壊し、戦後の経済成長が終焉した。

東西冷戦構造期の東アジアでは韓国や台湾のように独裁政権の国が多かった。しかし日本は冷戦構造下で経済的発展を遂げる。逆に冷戦構造の崩壊後は台湾や韓国のように民主化が進み、日本は周りの国々に追いつかれ、追い越されようとしている。東西冷戦構造の崩壊はそれを契機としてアジアの国の在り方にも大きな影響を及ぼした。

ヨーロッパももちろんだ。EU(欧州連合)が出現し、経済的にも政治的にも規模を拡大した。また軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)は冷戦構造下でもすでにあったが、冷戦構造の崩壊とともに拡大し、と同時に現在のウクライナ情勢のように新たなレベルの複雑さと不和をもたらしつつあり、冷戦構造の崩壊の次に来る時代の変化が起こりつつある。

海外への旅は異なった地域の空間を体験するだけでなく、異なった時間も体験することにもなる。最初に、ヨーロッパの土を踏んだのは1991年、44歳の時だった。ずいぶん遅い体験だった。設計事務所を開きお金のない時代が長く続いたから、行きたいと思っても行けなかった。もっとも1ドル360円では日本国民のほとんどにとって海外旅行は高値の花だった。その後円が強くなりヨーロッパへ矢継ぎ早に行くようになる。

ヨーロッパの最初に踏んだ地はベルリンで、滞在時間はわずか72時間。ベルリン訪問の切っ掛けは、1991年はバブルが崩壊したとは言え、日本にはまだ経済力があり、ベルリンの壁の崩壊で東西ドイツが合併し、ベルリンがヨーロッパの中心になることが予想され、ある企業の社長から旧東ベルリンにある建物を購入したいから、その建物がいいものかどうか見て来て欲しいとの依頼だった。こんないい話はない、もちろん、二つ返事で依頼に応えた。

そのような切っ掛けだったが、依頼の仕事をしながら始めてみるヨーロッパの建築に衝撃を受けた。それまでアジアの建物はたくさん見ていたが、ベルリンの大聖堂のドーム建築を始め、ヨーロッパ建築の荘厳さに圧倒された。72時間ずっと付き添ってくれた自由ベルリン大学のF先生は、ヨーロッパ建築に圧倒される僕を見て「泉さん、イタリアの建築はこんなもんじゃないですよ、建築はイタリアですよ!」と、建築家の僕は言われっ放しだったが、その後ローマのサン・ピエトロ寺院を見て、これも本当にすごいと思ったが、ベルリンでの初めての異文化との出会は別ものだった。

そして別の視点からだが、ベルリンで驚いたことは、それまで分断されていた東と西で町の景色が全く異なっていたこと。共産党政権の下にあった東ベルリンには全く活気がなく、東ドイツの国力が相当落ち込んでいたことが一目瞭然だった。

それに、第二次世界大戦が終わって45年経つとはいえ、東ベルリンの町には戦争による弾痕の跡があちこちにたくさん残っていることだった。日本と違い、ヒットラーは首都ベルリン陥落まで戦い続けたから、市街戦による戦争のすさまじさを今に残していた。戦争とはこんなにも銃撃しあうのかと、建物の壁を背にして恐怖を覚えた。

第二次世界大戦後のドイツの世界への処し方は、メルケルをはじめとして、この戦争経験を抜きにして語ることはできないと思った。

【旧東西ベルリンを分断していたベルト地帯、監視塔が左側にある】

【旧東ベルリンの建物に残る第二次世界大戦による弾痕の痕】

このような第二次世界大戦の痕跡を見ているうちに、ふと建築家シュペーアのことに思い経った。シュペーア、といきなり言っても誰のことかご存じない方も多いと思うが、あのヒットラーお気に入りの建築家である。

ヒットラーも若い頃、絵描きや建築家を志したことがあり、芸術が好きであった。作曲家ではリヒャルト・ワーグナーを愛し、建築では古典主義を愛した。あのヒットラーではあるが、ある種の芸術家に対しては非常に尊敬した態度を見せたといわれる。

そのようなヒットラーの建築における美学に応えたのが、シュペーアだった。彼はヒットラーのお気に入り主任建築家となり、ヒットラーの第三帝国を表現したベルリンの壮大な都市計画を行っている。ヒットラーはシュペーアといる時間は楽しかったらしく、図面を見ながら何時間も二人で時間を費やしていたといわれる。

またヒットラーのお気に入りに、レニ・リーフェンシュタールという女性映画監督がいたが、彼女の有名作品にプロパンダ映画の最高傑作と言われる「意志の勝利」というのがある。彼女の作品だとは知らずに、この映画を見た方も多いと思うが、ヒットラーが開いたニュルンベルクでの党大会のシーンの記録映画で、天に向かってサーチライトの光が何十本も列柱のように伸びる壮大な会場のシーンがあるが、あの会場を設計したのもシュペーアである。

【映画「意志の勝利」から、ナチスのニュルンベルグ党大会】

ところでこのシュペーアは、第二次世界大戦でのドイツの戦局がだんだんと怪しくなってくると、ヒットラーによって本来の建築家としての役割でなく、軍需大臣に就任させられてしまう。建築家は現実を計画的に動かす能力に秀でた者が多く、彼もそのような面で長けていて、そういう立場になってしまったらしい。実際彼が軍需大臣になってから兵器の生産力は飛躍的に高まったと言われるが、ついに彼はナチス政権の中枢まで担うようになってしまう。しかもユダヤ人のホロコーストを行ったあのナチス政権の中枢を、であった。

戦争が終わり、彼も当然、第二次世界大戦後に有名なニュルンベルグ裁判にかけられることになる。裁判の争点はナチスによるアウシュビッツなどのホロコーストの実態を知っていたか、そしてそれに加担したか、ということだったが、評決の1票の差で死刑が決まるところまで行ったが、彼の証言の真偽はともかく、彼は死刑から逃れることができた。ただ20年の刑に服し1966年に釈放された。

彼の人生を思うとき、いつも気が重くなる。彼のことをどう思ったらいいのか、見当がつかず考えはさまよってしまう。建築家の多くは自分を認めてくれた上での仕事の依頼であれば、迷いなく受けるだろう。それは建築家の性とも言っていいものかもしれない。

それに、当時の多くのドイツ人は、ヒットラーの説く、ドイツが抱える問題への解決の方法に影響されていた。シュペーアはシュペーアなりに、建築家としての仕事が、それに貢献したいと思っていたのだろう。しかもシュペーアが主任建築家になった時にはホロコーストはまだ存在しなかったのだから…と、もしも自分がそのような状況下にあったたら、自分はどうしたかと自問自答する。

ところで、ミース・ファン・デル・ローエもヒットラーの下で、仕事をやりたくて、様々な案をヒットラーにプレゼンしたらしい。しかし、ヒットラーはその案が気に入らなかった。シュペーアとミースの運命は、ヒットラーへが彼らのプレゼンを気に入ったかどうかで、その後の人生が大きく分かれることになった。

リベスキンド

21世紀になりベルリンの中心部にさほど大きくない建物だが、強烈な存在感を持つ建物が誕生した。「ベルリン・ユダヤ博物館」で、第二次世界大戦でドイツがユダヤ人へ大きな被害をもたらした反省から建てられ、ベルリンにおけるユダヤの歴史の資料の展示、またユダヤ人への迫害を建築空間で表現している。

外壁はギザギザに引き裂かれた金属板で覆われ、緊張感を伴った激しい外観をしている。内部に入ると床は傾き不安定な感覚に襲われ、また何もない天井の高い薄暗い空間で、強制収容所におけるユダヤ人虐殺の歴史を思い至らせる。

建 築家はユダヤ系アメリカ人のダニエル・リベスキンド。脱構築主義、略してデコン(Deconstruction)と言われる一派の建築家だが、完成当時、世界的に話題なった建物だ。

【ベルリン・ユダヤ博物館の外観】

【ベルリン・ユダヤ博物館」建物内部も激しい緊張感に満ちている】

【天井の高い空虚な空間で強制収容所を思わせる】

リベスキンドは一躍、このユダヤ博物館で世界的に有名になり、さらに9.11アメリカ同時多発テロの跡地、グランドゼロの再建コンペを勝ち取った。しかし建設の関係者である土地所有者や不動産開発業者などの大きな力の前で、非力なリベスキンドの設計案はズタズタになるほど大幅な設計変更が加えられ、建築自体も他の設計者にゆだねられてしまった。リベスキンドにとっては、苦い思い出しか残らない仕事になったことだろう。

ヒットラーに気に入られたシュペーア、大きな力に敗北したリベスキンド。どちらも時代に翻弄させられた。ただシュペーアもリベスキンドも媚びへつらってはいなかったようだ。シュペーアも最後はヒットラーの戦争方針に堂々と意見を述べていたらしい。リベスキンドも敗北はしたが、自分を曲げなかった。それが救いだ。

今、シュペーアとミース、それにリベスキンドが会うことができたら、どのような会話をすることになるのだろう。

シュペーアに関する本とDVDの紹介

日本放送出版協会 「ヒットラーの建築家東 秀紀

DVD 「ヒトラーの建築家 アルベルト・シュペーア」

建築家がお薦め 三ツ星★★★建築の旅シリーズ 6―スリランカ

2023.10.16

泉がこれまでに旅した旅行記を連載中です。
その第6回目。
今回はスリランカです。
ここから入ってください。

建築家がお薦め 三ツ星★★★建築の旅シリーズ 5―東南アジアの歩き方

2023.09.08

泉がこれまでに旅行した国内、海外を現在連載中です。
今回はインドネシア(バリ)、ネパール、カンボジアです。
ここをどうぞ。

バリ島山中の村の裏通り
ネパール カトマンズのダルバール広場
カンボジアで尋ねたお宅のリビング

お支払いはセルフで前金にてお願いします

2023.08.11

暑い日はカレーが食べたくなる。
事務所の近くにはネパールやインドのカレー屋が沢山あるけど、今日は日本のカレーが食べたいなー、と思って出かけたら、こんな看板が。
どんなカレーかわからないが、伝説、牛豚挽肉、玉ねぎ、辛口という言葉に引き込まれ、誘われるように地下のカレー屋へ。

奥の台所で働いている人はいるようだけど、だれも注文を取りに来てくれない。
台所の前まで行ってみたら、このようなテーブルが。
良ーく、見てみてくださいネ。

要するに、 注文内容を自分で伝票に書き付け 、自分でお金を出し、つり銭も自分で勝手に取る、そうすると、奥のおかみさんが伝票を取りに来て、伝票に従って料理を作る、お金のことは100%客任せで、客を100%信用した商売❣。
へー!こんなことが成り立つのかと、ちょっと興奮しながら、美味しいカレーを食べた。
帰る時におかみさんがテーブルのところに立っていたので、お金を騙す人はいませんかと聞いたら、それはなく、たまには釣銭の計算を間違えたらしき人はいますけどね、とのこと。
ここまで信用されると、騙す人もいなくなるのか。

このカレー屋さんの場所を書こうか、書くまいか迷ったけど、僕の事務所の近くの7丁目、とまで書いておきます。


建築家がお薦め 三ツ星★★★建築の旅シリーズ 4-沖縄、台湾の歩き方

2023.07.21

泉が現在連載中の記事の紹介です。
今回は沖縄、台湾編です。
次をどうぞ。
建築家がお薦め 三ツ星★★★建築の旅シリーズ 4-沖縄、台湾の歩き方

建築家がお薦め 三ツ星★★★建築の旅シリーズ第3回、韓国、中国

2023.06.19

建築家がお薦め 三ツ星★★★建築の旅シリーズの第3回目、アジア編の韓国、中後記です。
ここをクリックしてください。

建築を見る旅をどうぞ

2023.04.26

これまで日本や海外のあっち、こっちを旅してきました。
建築を見る旅はメッチャ楽しいですね。
その体験をもとに、良かったところ、旅の面白がりなどを6回にわたり連載します。
書き始めると6回ではとても終わらないことが分かり、かいつまんで要点を書きます。
それだけに内容は濃いかも。
「木を哲学する企業」クボデラ株式会社のHPの中です。
建築家のお薦め 三ツ星★★★建築の旅というシリーズです。
よろしく。

徳島SDGsめぐり―1

2023.04.17

私が校長を務めている「家づくり学校」にはちゃんと修学旅行もあります。
しかし、今年は参加者が少なかった。
コロナのせいで、学年間のつながりが切れ、家づくり学校の修学旅行の楽しさが伝わらなかったようだ。
しかし参加した人はすごく楽しく建築を勉強し、満足していたようだ。
で、今年度の修学旅行の行き先は、徳島県も山の中にある SDGs と言っていいのか、環境問題の先進地域である徳島県の山の中の村ばかり。
SDGs と言っても、まざまなSDGs があり、SDGs そのものへの評価も人によってさまざま。
斎藤幸平さんのように、SDGs を「大衆のアヘン」、企業の宣伝の「見せかけ」「まやかし」と警鐘を鳴らす人もいれば、皆さんも見たことのあるだろう、色取り取りの丸いSDGs のバッチを付け、高級車の後ろ座席に乗ったおじさんまで様々。
今回の修学旅行は、徳島の各地域で行われているSDGs と言っていいのかどうかわからないが、それぞれのその活動をどう見るか、評価するかという視点で見るとメッチャ面白い企画だった。
2泊3日の旅だが、行った先は下のハートマーク。
大雑把に言うと、徳島市→上勝町→神山町→脇町→美馬市→祖谷→鳴門

まずは上勝町から。
上勝町は山の中の人里、でもほかの人里と違って何か美しい。
日本はちょっとやそっと山の中に入っても、人里だとそう美しい風景にはお目にかかれない。
何か残念なものが必ずある。
ここ上勝町は特段何があるわけではないが、普通に美しい。
この村はごみを出さないことに一生懸命で、そのことで全国的に有名になったが、そんなことにもよるのだろうか。

設計はNAPと構造の山田憲明さん。

その建物の下、ゴミが徹底的になんと45種に分別し、再利用し、無駄や浪費、ごみを無くす、をモットーに2003年にゼロ・ウェスト宣言を行っている。
それから20年経っているが、これまでにもいろいろとあったに違いない。
よくぞここまでやったな、と思わずにはいられなかった。
この建物はこのような活動にふさわしいく作られたが、古い建具を新築の建物に再利用している。
何だか、気負ってない茶目っ気があり、楽しそう!

講座「住宅設計の考え方」を読み解く 第Ⅱ期 のお知らせ

2023.03.20

昨年より拙著「住宅設計の考え方」を読み解く講座を始めました。
出版した本が600頁近くあり読むのが大変、読破をあきらめた人がかなりいたようです。
本を途中で放り出すことはよくあるこですが、建築の本はさらに文と図面、写真を見比べながら読まなければならず大変。
その様なことからか、じゃー、どのようなことが書いてあるか、皆の前でスクリーンに図や写真を写しながら解説していけば、読みやすくなるだろうとこの講座を始めました。

先週、無事に第1期を終えることが出来ました。
昨年は定員一杯で参加できなかった方が結構いましたし、また実施したら好評で引き続き、第Ⅱ期を行うことにしました。
昨年は全6回でしたが、内容をさらに充実したく今年は全7回にすることにしました。

結構、建築の考え方が深くなると思います。

手作り手帳

2022.12.30

年の瀬に例年やることに手帳作りがある。
自分に合った手帳がなかなか見つからないから、自家製にしている。
予定だけでなく、その日にあったことも予定表とは別に書き留められることが出来、
また2~3年前のその記録も見れるようにしている。
だから、だんだん厚くなるので、3~4年前のものは切り離し、
新しく次の年のものを継ぎ足す。
切り離したものはそれ以前のものと合体させる。
だから合体した昔のものは結構な厚さになっている。
手作りといっても、中身の紙はMUJのものを使い、365日分のマス目を連続して入れる。
これがチョッと大変。

表紙は例年取り換え、事務所にストックしている和紙の中から探して使う。
今年はこげ茶の落水紙で、栞は銀色で、バンドは朽ち葉色。

もう一つ年の瀬に作るものに事務所の予定表がある。
これは事務所の中で皆がが見れるように、少し大きめに作ってある。
これを作るとき何時も思うのが普通は日、月、火…と日曜から始まるが、
泉事務所のカレンダーは、月、火、水…と月から始まり、日曜が右端。
何故かというと、休んでから仕事をするのではなく、
仕事をしてから休みたい、という思いがこもっているから。

連続講座第2期「住宅住宅設計の考え方」を読み解く

2022.12.22

本をお求めの方はお名前、住所、e-mailアドレスをご記入の上、 k.izm@nifty.com  まで連絡いただければ申込書をお送りします。
サイン入りでお渡しします。

現在、拙著「住宅設計の考え方」をテキストにした「住宅設計の考え方を読み解く」という全6回の連続講座を開催しています。
講座を公表し受付を開始しましたらすぐに定員一杯になってしまいました。
そこで第2期を2023年、春から再度開催します。
詳細の日時等は決まっていませんが、仮予約を受け付け始めました。
昨年の案内を参考に乗せておきます。


仮予約をご希望の方はお名前、住所、e-mailアドレス、職業をご記入の上、下記に申し込んでください。
e-mail   jyuutaku.izumi@gmail.com

「和室礼讃」

2022.12.21

暮らしの中から 「和室」が消えつつあります。
かつて当たり前のようにあった畳での生活経験のない人たちさえ増えつつあります。
しかし和室は豊かな文化的遺産を持ったもので、
それを失うにはあまりにももったいないものがあります。
そんな危機感を持った建築系の学者や建築家が、
和室を世界遺産にしようと集まって作った本が、昨日から発売されました。
「和室礼讃、振る舞いの空間学」という本です。


著者は何と40人位いるのですが、それぞれの立場から和室について多方面から書いた本で、これだけでも和室の豊かさを表しているのではないかと思います。
著者の多くは碩学の研究者達ですが、
その中に数名の建築家も混じっていて、恥ずかしながら私もその一人。
担当したのはわずかな頁ですが、周りの先生方が素晴らしかっったのでうれしい経験です。
ぜひ手に取ってみてください。
けっこう脳味噌を刺激してくれるいい本だと思いますよ。

マイスキー

2022.11.03

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ミッシャ マイスキーは今や世界最高峰のチェリストだが、それだけでなく僕と同じ歳ということもあって、他の音楽家とは違った関心をずっと持ち続けてきた。
生まれはバルト三国の一つ、ラトビア。
ラトビアには現在活躍中の名バイオリニスト、ギドン クレーメルもいる。
東欧はラトビアだけでなく素晴らしい音楽家を多く輩出している。
戦時下のウクライナは、かつてホロヴィッツや、リヒテル、ギレリス、オイストラフを生み出したが、いやいやすごい人たちばかり!
これまではロシアの音楽家だとばかり思っていた人たちだが、実はウクライナ出身で、その当時はソ連邦に支配されていたから、そう思っただけで、そうだったのかと思いを新たにした。。
ソ連邦がそのままだったら、マイスキーもクレーメルもソ連の音楽家ということになっていただろう。
東欧の音楽家は政治的弾圧を受けた人が多い。
マイスキーの先生のロストロボ―ヴィチがそうだったことはよく知られているが、マイスキー自身も強制労働収容所に入れられたことがある。

で、先日のサントリーホールでのマイスキーのコンサートはバッハの無伴奏チェロ組曲の3番、2番、6番。
過酷な政治弾圧を潜り抜けてきた人が奏でる音ならではなのか、悲しみは時に震えるほどの美しく繊細な音も随所に、それに耐えた強さ、深さ、悲しさがあった。

最近読んだ面白い本

2022.10.16

森と木と建築の日本史 それに 日本建築史講義 木造建築がひもとく技術と社会 どちらも著者は海野聡さん。
木造建築に携わる人はぜひ読んで欲しい。

具体と抽象 著者は細谷功
売れている本らしい。
漫画付きで軽く読め始められるが、だんだんと深いところまで連れて行ってくれる。

中国の見方がわかる中国史入門 福村国春
高校の歴史の教科書がこの本みたいにできていたら、歴史が絶対に好きになっていたに違いない。
中国の歴史が、生き生きと繋がって捉えられる。

大衆明治史 菊池寛 この本も歴史を生き生きと知ることのできる本。
流石、文壇の大御所と呼ばれる人だけあって、歴史書もこのように書けるとは。なるほど大御所だ。

主権者のいない国 白井聡  
こちらの本は前二つのの本とは違って現代史で、今に生きる私たちに鋭い切れ味で迫る。
以前紹介した「武器としての資本論」と同じ著者。

撤退論 内田樹  建築界では今リノベの勢いが止まらない。
別に建築の本ではないが、リノベに携わることへの力強い思想的背景を与えてくれる。

みどりの空間学 36のデザイン手法 古谷俊一  題名の通りに建築的に見た庭の樹木を扱った本で、私の作品も取り上げて頂いている。是非実体験したい緑を扱った素晴らしい場所が36も紹介されている。

講座のお知らせ 『住宅設計の考え方』を読み解く

2022.09.21

昨年出版しました「住宅設計の考え方」は、600頁近い大部な本にもかかわらず好評を頂き、残りの在庫もわずか、重版も検討されています。
読んだ人、チョイ読んだ人からせっかくだから、この本をもとにした講座をやったらとの誘いがあり、この本を読み解くための平易な解説や、この本で書けなかったことも含めて講座を開くことにしました。
大部の本を読むには気合がいりますが、講座に参加することで、本の全体像がつかめるような講座にしたいと思っています。
また、この本をたたき台に参加者による意見交換もできればとも思っています。気楽に多くの方の参加を期待しています。            泉 幸甫   


33年前に作った泰山館

2022.08.25

33年前に作ったマンション「泰山館」
テレビのロケ地として使われたりして、結構話題になり続けている。
泰山館は昭和から平成に変わる頃に設計し、今やヴィンテージ物と言われ、空室待の物件。

うちの事務所で模型を作ってくれている、Iさんが美容室にある雑誌に泰山館が載っている頁を見つけて写真に撮り、スマホで見せてくれた。
自分が作った建物が自分の知らないところで出ていたりすると、子供が育ち、独り歩きしているのを見るような気がする。

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設計をしたのは40歳の頃。
酒も断ち、受験生のように、黙々と図面を描き続けたことを思い出す。
雑誌を見ると、 とっても上手い住みこなしで、設計者としては本当にうれしい。
これこそ最高のご褒美!

ムル

2022.08.06

我が家の愛猫ムルが逝った のは2006年だから、もう16年前になるが、
今でも抱いた時の感触など覚えていて、 つい最近までいたような気がする。
ムル逝く
昨年、私が所属する家づくりの会で、「猫展」というのがあって、
各自の愛猫の実物大の写真パネルを展示することになり、
僕も我が家のムルのパネルを出品した。
展覧会が終わり、我が家の椅子に乗っけていた。
置いたことを忘れて、見る度に、アレッ、ムル!
と、思わず声を出しそうになり、その後ウルッとなる。
何時まで経っても可愛い。




セミセンテナリアン

2022.07.06

センテナリアンとは100歳最以上の人のこと。
日本では約2000人(2015年)に一人の割合だそうだ。
で、我が母は最近105歳になった。
105歳以上の人をセミセンテナリアン (3万人に一人) 、
更に110歳以上の人はスーパーセンテナリアン(100万人に一人)というらしい。
母は、100歳近くで頸椎を骨折したが、人一倍のリハビリで驚異の回復をし、
さらには最近大腿骨を骨折し手術、2カ月ほど入院していた。
コロナ禍で、入院先では身内と接触させてもらえず、話し相手もいなく言葉が出なくなったが、
先日の誕生日に、バースデーケーキを前に、「ありがとう!」と言ってくれた。
目指せスーパーセンテナリアン!

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