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蛍遊苑(けいゆうえん) Ⅰ

2014.07.17

「海峡の街」というタイトルでこのブログに4回書きこんでいましたが、
これは山口県下関市の長府で建物を作るために通っていたことから。

建物はボイラーメーカーとして有名な長府製作所の記念館です。
長府製作所の歴史や城下町である長府の歴史を紹介し、
また市民に利用してもらえるホールや和室を備えた建物です。
建物は城下町の景観にふさわしい瓦をのっけ、また長府には版築の土塀がかなり残っていて、その風合いを残した塀で建物を取り囲んでいます。
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この建物の見せ場は何といってもホール。
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下から見上げると、
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この構造の加工方法については改めて紹介します。

オーキッドツリー★★☆

2014.07.06

僕がブラジルから帰った後も、
まだまだワールドカップは面白い試合続きそうだけど、
サンパウロので見た街路樹です。
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どういう訳か白い花にはパッと反応する習性があるようで、
近づいてみたら、
何と木にカトレアのような花が咲いているではありませんか。
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いやー、凄いなーと思い写真をパチリ。
帰って木の名前を調べてみたら、いろんな呼び方がある木のようで、
一つにオーキッドツリーと言い、オーキッドとは蘭の意。
成る程、カトレアと思ったのまんざら間違いではなかったようだ。

また葉っぱが羊の蹄に似ていることから羊蹄木 (ヨウテイボク)、
ブラジルではUnha de vaca (牛の蹄の意味)と言うそうな。
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詩仙堂★★★

2014.07.01

京都一乗寺にある詩仙堂は隠れたファンが多い。
小さなお寺で、門構えなどは碑が立ってなきゃ通り過ぎてしまうほどの目立たないもの。
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門を入り、ちょっと進むと、
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敷地全体に品格のある空間が広がっている。
最近行ったのは蒸し暑い梅雨に入った頃だったこともあるが、
建具をあけ放ちガラン、ガランに内外融通無碍の空間が広がっていた。
あー、日本の空間はやはり凄い!と一瞬沈黙。
冷静になりなぜこのような感動を与えられるのか、
建築家根性で分析を始める。
空間の構成、それにスケール感がいいのをまず発見し、
さらに、細部にも成る程、成る程、いろんな仕掛けや配慮がなされている。

人がたくさんいて写真をれなかったので、
ネットから探した写真だけど、
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詩仙堂は三ツ星!のお薦め。

日大のネイマール君

2014.06.26

サッカー日本代表は惨敗。
疲れた日本戦でした。

ところで、3戦目つまり早朝5時からのコロンビア戦の後、1限目から大学の授業があった。
相当、皆眠いだろうなと思っていたら意外や皆の目はパッチリ。
それは午前中の授業が設計演習だったから、そうならざるを得ない。
むしろ睡魔が襲ったのは僕だったが、
教える立場がコックリやるわけにはいかない。

休み時間、さわやか笑顔の学生がネイマールの10番を着ていたので、
「写真撮っていい?」
「いいすよ。」
「「ブログに乗っけるけどいい?」
「いいすよ。」
サッカーのことになると皆、反応がいい。
おかげで僕も目が覚めた。
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同じ学生たちと午後は講義。
今度は僕が一方的にしゃべる番。
頭は結構回転し始める。
僕は結構熱っぽくしゃべるので、
いつもよく聞いてくれていると思うが、
さすが今日は皆早起きしてたらしく、相当に眠そうだった。
辛かったに違いない。

高度1万メーターから

2014.06.18

南回りブラジル行き飛行機、
ペルシャ湾近くのサウジ上空です。
何にもない砂漠に、何、何これ?
全部真ん丸。
貯水池?
貯水池だったら、たまには四角があっても良さそうなもの。
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さらに進み紅海に近づくとこのような街が?
集積回路みたい。

降りて確かめたいけど、ムリ、ムリ。
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海峡の街 Ⅳ

2014.06.07

海峡の街の第4回目です。

海峡の街、下関市へこの2年間通い続けていた。
なんで通ってたかというと、建物を作っている以外考えられないのはご察しの通りだが、、
6月4日の落成式まで何を作っているか、口外無用だった。
下関に長府製作所というボイラーでは有名な会社があって、
その会社が創立60周年で、その記念館を作っていた。

落成式には、 安倍総理の夫人、農林水産大臣夫人、県知事、市長、その他県の財界人が勢ぞろい。
200以上建物を作ってきたが、
このような完成祝いは初めて。

いよいよテープカット。
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テープの長さが足りずに設計者、建設会社社長は遠慮。
「菊づくり 花見るときは 影の人」
でもテレビの取材や何やら・・・。
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代議士の妻であり、ファーストレディーさすがにちゃんとしたスピーチ。
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今度は私がスピーチ。
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右側の青い服は阿部夫人、白い服は林農林水産大臣夫人。

あ~~~~、非日常の一日でした。

「家づくり学校」が受賞 Ⅱ

2014.06.01

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先月「家づくり学校」が日本建築学会の教育賞を受賞したことを書きましたが、
その授賞式が一昨日あった。
学校を開校したのが6年前。
その時からこの賞をもらうことを心に秘めながら目標にしてきました。
賞をもらうこと自体が目的ではないが、
人にちゃんと評価してもらえるレベルの学校にしたいということで目標にしてきた。
だからこの受賞はうれしかった。

授賞式には僕らの学校関係者が15~6人出席したが、
受賞後の懇親会は皆で大盛り上り。
この学校は確かに僕も力を注いできたが、皆で作り上げた学校。
皆で喜ぶことができて本当によかった。

受賞パーティーは7月26日、神田の学士会館で盛大に行うことになった。

学校の目的はフリーランサーとしての立ち位置を保持する建築家を育てること。
平たく言えば、少々やられっぱなしのアトリエ派を甦らせること。
経済システムに取り込まれてしまう建築家が多い中で、
批評性に基づく、フリーランサーとしての建築家は社会にとってなくてはならないもの。

さぁー、立派なメダルをもらってこれからが大変!

第10回木の建築賞

2014.05.28

木造建築に興味のある建築関係者にはよく知られた、
「木の建築賞」という、優れた木造建築に送られる賞があります。
日本を4つのブロックに分け、順次4年に一度、賞の対象地域が巡ってきます。
今年は九州、四国、中国地方です。

近年こちらの地方で木造の建物を設計された方はふるって御応募ください。
泉が審査委員長をやっています。
詳しくはこちらを。

北陸 Ⅳ 清香軒★★☆

2014.05.17

金沢といえば兼六園。
その兼六園の隣にデッカイ大名の屋敷、成巽閣(せいそんかく)があります。

茶室「清香軒」(せいこうけん)はその成巽閣一角にあります。

プランは、

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よく見ると、床の間を入れてぴったり4畳半の真四角。
床の間を台目畳(3/4畳)にして、お茶ができるようにしてある。
これだと4畳半の部屋を改造して茶室をつくることができる。
もっとも大大名ががそんなケチな根性でこのようなプランのなったわけではないだろうけど。
デジカメの視野に全部は入らなかったが、こんな感じ。
清々しい高度なレベルのデザイン。
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さらに面白いのは、1間幅の土庇が二方についており、
そこに川水が流れ込んでいる。
戸板を全部開けるともっといい感じになるのだろうけど、
多分、雨の日や雪の日のことを考えて土庇を付けたに違いない。
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この土庇に入り左に折れると、
美しい貴人口の踏み石が。
こんな踏み石見たことがない。
自由だなー。
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帰り道に茶室の外側が見えたが、
川水はこのようにして土庇の部屋に入っている。
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ありがとう、辛夷くん!

2014.05.06

先週行った軽井沢の現場に満開の辛夷(こぶし)の木が何本もあった。
こんなにも辛夷の木があったのかと驚かされる。
遅い春先の空をバックにすくっと辛夷の木が立っている。
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小節の花を見ると、すがすがしい気持ちにさせられ、
また、白い鳥があちこっちに飛び交っているようで、楽しい気分にもなる。
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ところで、この辛夷の木、僕の建築にとっては重要なアイテムです。
床柱として何十本と使ってきた。
ありがとう、辛夷君!と言いたい気持ちになる
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椿 Ⅳ 無鄰菴(むりんあん)★★☆

2014.05.02

小川治兵衛という作庭家(庭師)がいます。
明治になってあらゆる分野で近代化が押し進められるが、
この小川治兵衛は造園の分野でそのような働きをした偉大な改革者。
日本画で言えば竹内栖鳳のような人と言っていいかもしれない。

彼は多くの仕事をし、明治の日本の指導者たちの屋敷の庭も多くを手がけた。
しかし個人の家の庭はそのほとんどを見ることができないが、
京都南禅寺の近無鄰菴という屋敷は公開されていて見ることができる。
明治の元勲、山形有朋の京都の別邸の庭。
この無鄰菴の鄰という字、隣の字を左右反対に入れ替えた変な字。
調べてみたら隣も鄰も同じ意味のようだが、
字の格好はさて置いて、無鄰菴は一街区そっくり使っているから、
確かに隣(となり)はない。
さすが明治の元勲。
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江戸後期の因習的で、何か意味ありげに見せる象徴性の庭に比べると無鄰菴の庭はずっと自然。
水のせせらぎ、木々のささやき、春の新緑、秋の紅葉木々。
五感で感じる庭である。
でも今の私たちから見ると、自然と言ってもまだまだ何かに囚われているように見える。
小川治兵衛の庭って、言いようによっては大名屋敷の庭のようでもある。
と言って、じゃー泉はどうするの?と言われても困る。
自分好みの庭があるのはあるが…。

建築と同じく庭についてもよく考えるが、
自分で納得できる「自然な庭」がなかなか思い浮かばない。
日本で造形にかかわる人間には「自然」というテーマは避けて通れない問題なんだけど、
意思が働くことによって生まれる造形と自然であることは相反する。
宗達の創作技法ような自由さを庭に取り入れることができないかと考えたりもするが、
具体的な形にすることができない。
などそんなことを考えながら無鄰菴の庭を見た。

ところで小川治兵衛に関する話題の本を紹介。
昨年亡くなった建築史家、鈴木博之さんの好著、
庭師 小川治兵衛とその時代です。

椿 Ⅳ 芸術家の墓

2014.04.26

先日の法然院の続き。
法然院に谷崎潤一郎の墓★☆☆あると知り、谷崎の墓を探索。
建築家は墓のデザインをやることがあり、死後のお家にも多少の関心がある。

事務所の近くには雑司ヶ谷霊園があり、文豪夏目漱石やジョン万次郎など有名人の墓がある。
でも、霊園で目当ての人の墓を見つけ出してもそう感激しない。
あっ、そうという程度で、
それは生前から本人が用意したものでない限り、他者が作ったものだからに違いない。

ところが谷崎の墓はちょっと変わっていた。

谷崎は「男子は女子に支配され、 そのために身を滅ぼすところに、男性として最高の幸福がある」なんて言うほどの審美主義、耽美主義の人、さらに言っちゃえば変人の大大文豪。
は~ぁ[E:sad]
そんな人らしい墓だった。
墓地の中の遠くに、たった一本の枝垂桜が満開でそこだけが妙に艶やかに華やいでいた。
おそらくあの下に谷崎の墓があるに違いないと目星をつけたが、やはりそうだった。
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おそらくこの墓は生前に「こうする」と全部、谷崎が自分で決めたものに違いない。
枝垂桜の下に、自然石を使い、掘る文字も自分で書いて用意し、なにからなにまで自分でゼーンブ用意したものだと思う。
枝垂桜の種類まで決めたのではなかろうか。
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そんなふうで、他の墓と違い、谷崎の墓には一つの世界、空間が生まれていた。
死後の世界まで自分をどう見せるか、芸術家のその表現意欲に圧倒させられる思いがした。

枝垂桜の下には墓石が二つあり、
一つが谷崎と3番目の夫人、松子が眠るもので、「寂」と谷崎が揮毫。
もう一つが「細雪」の雪子のモデルの一家の墓で、「空」とある。
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あ~~、なんか久しぶりに凄いもの、怖いものを見た感じだった。

椿 Ⅲ 法然院

2014.04.24

霊鑑寺の後、歩いて北に向かい安楽寺、そして法然院★★★へ。

法然院は何度行っても素晴らしい。
他の寺と違って品がある。
この品はどこから来るのだろう?
歴代の住職さんも立派だったに違いない。
建築の世界ではランドスケープで有名。
自然の地形のありようを受け入れ、それを元にさまざまなシーケンスを生み出す計画の態度と言えばいいのか。
特に山門の景観は有名。
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門をくぐると、
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さらに行くと、
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境内のあちこちに心尽くしのあしらいがあって、ワクワクさせられる。
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何も境内を飾るためにだけあるのではなく、
仏教では花をまき、仏様を供養するらしい。
それを散華(さんげ)というそうだ。
伽藍の中庭には古木の「三銘椿」というのがあるが今回は見ることができなかった。
その美しさは感動ものらしい。
そのうちに是非、是非見たいものだ。

椿 Ⅱ

2014.04.19

先日の北陸ーⅠからの派生記事です。
で、椿 Ⅱとしました。

京都に霊鑑寺★☆☆という椿の美しいお寺があり、先週ちょっと覗いてきた。
椿の季節だけ公開しているお寺。

椿の花をいろいろとみることができます。
その中で気に入った椿の紹介です。

月光(がっこう)椿です。
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月光に対しこちらは日光(じっこう)椿です。
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小堀遠州がこの椿がおそらく最もきれい、と言ったとかで、
「おそらく椿」という名がついた椿。
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僕が名前を付けるんだったら「ホントウかな?椿」

で、これが霊鑑寺参拝でのお目当てだった黒椿(くろつばき)。
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でも、最も美しかったのが白澄(しろずみ)椿だった。
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でも、でも、霊鑑寺の椿は確かに美しいものだったが、やっぱり野の思わず目にする小さな藪椿(やぶつばき)が一番、と改めて思った。

「家づくり学校」が受賞 ★★★

2014.04.18

僕が校長をやっている「家づくり学校」が日本建築学会教育賞を受賞しました。
家づくり学校には力を入れてきたので、受賞の知らせを受け取ったときは飛び上がりたいくらいにうれしいものでした。
しかしこれで家づくり学校は良し、というわけではなく、
さらなる目標に向かって努力したいと思っています。
現在新入生を募集中です。
ご希望の方は是非どうぞ。

北陸 Ⅲ 舟板

2014.04.12

加賀市の橋立というところに北前船の船主の豪壮な家があり見学。
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近寄って見たら、この家の外壁の板は穴だらけ。
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実は船に使っていた板の再利用とのこと。
船の板は舟虫にやられて穴だらけになりやすいが、
それはとっても危険なことで、船の沈没に結びつく。
だから、舟虫にやられた板は建物に使うようになったらしい。

でもこの板は最近プレミアがついて飲み屋の内装材にも使われている。

ついでに北前船の船主の家の前にあったうどん屋を紹介。
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この店でうどんを食べたかったのだけど、皆からはぐれてしまうのであきらめた。
味も良かったはずと、後ろ髪を引かれる想いがした。

北陸 Ⅱ 魯山人

2014.04.05

北大路魯山人の伝記を読んだことがある。
芸術家として成り上がるためにはどんなことでもやる、ひどい男。
こんなめちゃくちゃな男は見たことがない、と思わせるほどの男、
しかし芸術家としての才能はそんじょ其処らにはいない。
そして成り上がっていく。」
面白くて、一気に読んだことを覚えている。

魯山人は陶芸で有名だが、
ある料亭で魯山人の器で食事をしたことがある。
普通、器は料理を目立たせるために控えめにするものだが、
魯山人の器は逆、それ自体が主張している。
料理を盛る器としてこれで本当にいいのかな?と思わせるところもあるが、
しかし、食卓の上は華やぎ幸せな気分になる。
さすがである。
本を読んでいたから、成る程このような器を作るのが魯山人、と納得した。

今回の北陸の旅行で山代温泉に泊まったが、
この街に若き頃の魯山人作の看板があると聞いて、見に行った。
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須田菁華窯という焼物の店の看板。
魯山人はまず篆刻看板(てんこくかんばん、木を彫った看板)で芸術家としてスタートした。
だからこの看板は彼が焼物や料理をやる前の、若いそれこそギラギラしていたころの仕事。
それにしても、やはり凄い。
ノミを垂直に叩き、欅の目の流れを生かしている。

魯山人の伝記を読みたい人は北大路魯山人(上) (ちくま文庫)
をどうぞ。
面白いですよ。

北陸 Ⅰ (椿 Ⅰ) 藪椿

2014.04.02

僕らがやっている「家づくり学校」の修学旅行で加賀・金沢へ。
旅行の途中よく目にしたのが藪椿(ヤブツバキ)。

椿の花は嫌う人がたまにいる。
理由は花がポトンと落ちるのを不吉に思えたり、虫がつくのが嫌だったりということで。
建て主さんが嫌ったら植えるわけにはいかないが、好きな人はかなり好き。
僕もそのうちの一人。

椿の種類は品種改良で相当あるようだが、
僕が好きなのは侘助(わびすけ)。
実際僕の家には侘助(わびすけ)の赤と白を植えている。
侘助は楚々として可憐。
でも最近、どういう訳か藪椿に目が移っている。
野趣が少し入っているところがいい。

藪椿は自生していて、山道を歩いていると思わず目の前にあったりする。
今度の旅行でも自生しているもの、庭木として植えているものに何度も出会った。
まだ枯れ木ばかりの北陸に真っ赤な藪椿は目につくのか、
それとも北陸にそもそも多いのかもしれない。
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藪椿もよく見ると一本一本微妙に違う。
色が真っ赤というより、ちょっと黒ずんでいる赤の方が美しい。
花びらは5弁がいい。

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