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Wカップ日本ーカメルーン戦前夜のこと

2010.12.25

今年嬉しかったこと。

何たって7年間待った小惑星探査機、はやぶさの地球帰還です。
本当にイトカワのサンプルを持って帰るなんて!
帰還予定の夜はインターネットでNASAや和歌山大学、ニコニコ生放送の映像を見る準備をし、
深夜の事務所で一人パソコンの前で待機していた。

興奮しました。
カプセルを放ち、砕け散りながら衛星本体は燃え尽きる映像を見て涙が出てしまった。

あの大成功の帰還からもう6カ月過ぎ去り、
はやぶさ関連の本もいろいろと出た。
その中でも最も感動した本はプロジェクトマネージャーの川口淳一郎さんの本。

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責任ある当事者ならずではのです。

あの4畳半があった所に。

2010.12.16

「北区のJ町に家を建てたいのだが、一度会ってもらえませんか?」とメールが来た。
J町は僕が40数年前、東京に出てきて最初に住んだ下宿があった町。
だから懐かしい、あれから一度だけ寄ったことはあるが、もう40年以上行ったことはない。

建て主さんが私の事務所にいらっしゃり、建設予定地を書き込んだ住宅地図を広げられた。
自分が住んでいたところと近いような気もするが、
何せ40数年前のこと、建設予定地との位置関係は分からない。

しかし思い出をたどりながらよくよく見たら、
その敷地はまさしく僕が住んでいた下宿屋があったところではないか!!!
えーっと思わず声を出してしまった。

建て主さんは、あの時の下宿の大家さんの子供かな?とも思ったが違っていた。
子供が引き継いでいたらしいが、最近手放してしまい、
不動産屋が広い敷地を5区画に割って分譲したようだ。

敷地の分割図面を見たら、さらに驚き。
広い敷地の隅っこに下宿屋はあったが、
5区画のうち建て主さんが買った敷地は下宿がかつてあったところ!!!

そんなに迷信深いほうではないが、
こんなことが起こると、
何かが僕を呼んでいるのか、と思わずにはいられない。

あのとき僕は18歳だった。
近いうちに敷地を見に行ってきます。
変わっているだろうなー。

スリランカ紀行 Ⅶ プロとアマチュアの彼岸

2010.12.09

建築家バワはスリランカの国民的英雄だ。
しかし、日本人の建築家が彼の建築をみたらどう思うだろう。
今迄にあまり経験したことのない建築と思うだろうし、
常日頃設計している建築とはほど遠いものだ。
だがバワの建築はスリランカ国民に愛され誇りとなっている。

いま建築家は狭い範囲で建築を考えているのではないか。
彼の作品を見ると、建築があらゆる物事と同時共存している。
建築をみる視野が広いのだ。
人間の全存在で建築にかかわっている。
建築には確かに専門的な知識、能力が必要であるが、
人間としての全存在をかけて建築と向かい、
専門家、素人とかを超えることによって始めて建築の実在感が生まれ、共感が得られる。

見回してみると、そのような建築家に白井晟一やバラガンなどが思い浮かぶが、
バワも、白井晟一も、バラガンも建築以外の世界の人々に共感する人が多い。
専門家、素人を超えたところに本物の建築があるのではないか。
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スリランカ紀行 Ⅵ 新旧の彼岸

2010.11.30

建築に限らず芸術には新しさが求められる。

しかしバワの建築を見ていると「古い、新しい」を超えた、新旧の彼岸がある。
建築において新しいとはモダニズム。
確かにバワの建築はベースにモダニズムがあることは否定できない。
しかしそのモダニズムにはスリランカの風土や歴史を内包した大きさがある。

以前書いたようにバワの建築にはよく骨董品が置かれている。
それだけでなく、スリランカの民家のモチーフがさまざまなところで顔を出している。

スリランカの民家には熱帯の蒸し暑さから逃れるための中庭がよく見受けられるが、
空がのぞける面積は最小に制限され、必要な光と通風が確保されている。

バワが設計したクラブハウスの中庭です。
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リゾートホテルの中庭。
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大学の校舎のほんのわずかな屋根の隙間。
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伝統的な屋根や柱もよくつかわれている。
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古い柱の腐った部分はモルタルで根継ぎをして使っている。
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歴史や風土を内包することによって、現代建築にはない豊かな建築を作っている。

スリランカ紀行 Ⅴ 建築とその他の芸術との間

2010.11.25

バワの建築は、建築とその他の芸銃が連続的していると書いたが、
建築とその他の芸術との間を埋める試みもなされている。

窓は建築そのものだが、それだけでも美しい。
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階段室にあけられた開口だが、彫刻的な美しさがある。
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洗面室、コンクリートに便器を埋め込んだり、コンクリートで棚を作ったりして、彫塑的に構成される。
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テーブルは葉っぱの形をモルタルに転写したもの。
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この模様は椅子や敷石などいろんなところに使われている。
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バワのオリジナルの照明。
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バワはこのほかにもいろんな照明器具を作っている。
椅子も…。
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バワは建築自体にも彫刻的造形を、また家具を建築的に造形し、
照明や、家具といった建築の周辺的なものにも手を広げている。

スリランカ紀行 Ⅳ 建築の一部としての芸術品

2010.11.23

バワの建築は外構と芸術品が一体となっていると書いたが、
絵画や彫刻、陶芸作品、あるいは骨董品がいろんなところに散りばめられている。

近代建築でも広場にポイントとして置かれるようなことはあるが、
それは他の作品にもおきかえられるようなもので、
それでなければならないものではない。
芸術作品を無視しているわけではないが、
建築と芸術作品が一体となって空間を作り上げることはほとんどない。

しかしバワにおいてはそれが一体となって考えられている。

バワの別荘の一部です。
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バワの別荘の二つの庭をつなぐ建築に書かれた絵です。
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次はバワの自邸。
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このように見ていくとバワにとって建築と芸術品が別々なものとか、
あるいは建築を引き立たせるものとかでなく、
建築とその他の芸術が連続して存在している。

スリランカ紀行 Ⅲ 身体と空間の交感

2010.11.19

バワの建築の特徴の一つは建築と外構工事、芸術品が混然一体になっていること。

バワの仕事に協力してしていた弟の住宅だけど、
門から建物までの長いアプローチは背の高い両側の熱帯植物でキュッと狭め、人を迎え入れてくれます。
さまざまな植物を植えることで刻々と変化する風景と同時に、カーブしたこの道の先がどうなっているのだろうかと期待を持たせられる。
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次はバワ自身の別荘で、屋外に面した吹きさらしのダイニングです。
ダイニングの向こうには池があるのだけど、その途中に見事な木が植えられている。
この木まではダイニングからフラットに床面がつながるが、その先はスロープになり池え落ち込む。
そのことによってダイニングから延長する木までの連続した空間が生まれる。
このような仕掛けはあらゆるところに、というか敷地全体にわたって計算されている。

おそらくバワは建築を平面図で考えたのではなく、シーンで考えたのだろう。
だからバワの建築は平面図からは読めとれない豊かさがある。
と言って単なるシーンの結合ではない。
変化するシーンの関係性によってさらにシーケンスを生み出す。
通路を狭めたり広げたり、天井を高くしたり低くしたり、さらには歩く正面に何らかの風景を作ったり…・と。
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そのような通路の先の格子と庭です。
格子も美しい。
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現代建築が失ってしまった身体と空間との関係です。

スリランカ紀行 Ⅱ 共感される建築

2010.11.14

バワの作品をたくさん見たけど、まずはカンダラマホテル。
バワはアジアンリゾートの原型を作った人とも言われる。
(バワはリゾートだけでなく住宅や、オフィスビルもたくさん作っているが、それは後日)
何れにしろ、とにかく人を理屈なく喜ばせる建物だ。

樹木でおおわれた建築、というのを建築家は一度はイメージするものだ。
そんな建物を実際にバワは具現化した。
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ただ建築はイメージすればできるというものではなく、相当の問題解決があって出来るもの。
例えば、植物で建物をおおうのはいいが、一方部屋からの眺めを植物が遮らないようにするにはどうしたらよいか、といった問題がある。
それは主としてお風呂の前に目隠しとして植物が利用され、ベッドルーム前には植物を茂らせていない、等さまざまな問題を解決していることが読み取れる。

バスに入っていると突然猿が。
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手すりも美しい。
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廊下を歩いているとこんな模様が。
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カンダラマホテルではもっとたくさんの写真をのせたいくらい素晴らしい場面があった。

バワがリゾート建築でも成功したのは、このような人を喜ばせる力があったからだ。

ところで、我田引水になってしまうが、
次の写真は僕が設計した「泰山館」。
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バワほど徹底していなかったが、同じような建築への思考があったと思う。
同じような思考があることを発見しうれしかった。
どちらも1990年初頭に建った建物だ。

スリランカ紀行 Ⅰ

2010.11.07

スリランカへ行ってきました。

泉さん,スリランカへ何しに行くの?
スリランカに建築を?、イメージわかないなー。

と、いろんな人に言われ,スリランカに建築を見に行ってきました。

スリランカにはジェフリー・バワというもう亡くなった人ですが、偉大な建築家(1919-2003)がいます。
若い時の彼の写真ですが…、
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まだ日本ではあまり知られていませんが、精神性の高い建築を作った人です。

それでも木々で覆われたカンダラマホテルは多少は知られているかもしれません。
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そんなバワの作品を連載します。

それぞれに、

2010.10.23

メンテナンスの相談を兼ねて3年ほど前に作った住宅を訪ねた。
階段室の壁にポツポツと穴を開けておいたが、
そこに小物がきれいに飾ってあった。
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このお宅の表札は子供のお絵かきから絵と文字を使い、
ステンレスにエッチングしたもの。
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建設途中はお腹に二人目の子供がいたが、
この度訪ねたら元気な女子が家の中を走り回っていた。

これは違うお宅の話だけど、
先日道を歩いていたら「泉さん!」と声を掛けられた。
声をかけた方は5年前に建てた住宅の建主しさん。
「今、私の家の前にハロウィンを飾っているから見ていって」とのこと。
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何年か経って自分が建てた家を見ると、
それぞれの住まいにそれぞれに生活がある。
それを見るのも楽しい。

こりゃ~いい。

2010.10.15

昨年軽井沢に住宅を作った。
設計の途中子供さんができることが分かって、
皆で大喜び。
でも障子の家にどう住まうか、
子供が破っていしまわないか、がいつも問題になる。
子供さんが生まれて御夫婦が考えた対処法がこれ。
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障子の格子の間に白いスタイロフォームを入れる、というもの。
友達が来ても障子のままだと思うらしい。
そもそも建主しさんは作家さん、モノづくりの人だから、
ピッタリとはめ込むことができたのだけど、
ちょっと器用な人だったら素人でもできるに違いない。

障子が大好きな私としては、
小さな子供のいる家でも、これでOK.
子供が大きくなったら後で取り外せばよい。

講演会のお知らせ

2010.10.10

10月16日(土)13時より、
長野県松本合同庁舎講堂にて講演を行います。
「信州木造塾」の公開講座(無料・当日申し込み受け付け)でどなたでも参加できます。

テーマは、
自然素材が持つ「和」とは?

一応、お問い合わせは社団法人長野建築士会TEL026-235-0561

蚯蚓のつぶやき

2010.10.05

「蚯蚓のつぶやき」
蚯蚓は、みみず。
「蚯蚓のつぶやき」は河野通祐という建築家が書いた自伝です。

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河野通祐といっても、この建築家の名を知っている人はほとんどいないでしょう。
生まれは1915年、亡くなったのは10数年前らしい。
生きているときに書いた本だから亡くなった日付がない。
サブタイトルには「無名建築家の生涯」と書いてあります。

土浦亀城事務所出身で、福祉建築の設計を主にやっておられた方だ。
本を読んでいると土浦事務所出身だから、以前紹介した松村正恒さんのことも出てくる。

僕はたまたまだが、
若かりしころ日大の助手をやっていて、この河野さんが非常勤講師で来ておられて会ったことがある。
ただいつもコーヒーをお出しているだけで、何か話した記憶はない。

河野さんの自伝「蚯蚓のつぶやき」がどういううわけか僕の本棚にあった。
この本があることも忘れていたし、なぜここにあるのかも思い出すことができなかった。
又、お目にかかったことはあっても、河野さんがどういう方だったか、何も知らなかった。
この本なんだったっけ?と立ちながらパラパラと読んでいてら面白く、思わず最初から丁寧に、味わい深く全部、読んでしまった。

小さいころ両親を無くし大変苦労をして建築家になられた方だが、
とっても心が綺麗な人だ。
又建築を通して人々に何ができるかをちゃんと心に刻んでおられた方だ。
こんな建築家は珍しい。

ここのところ松村正恒(無級建築士自筆年譜 )さんや、この河野通祐さんのように歴史に名を残すような建築家でない人の本を読んだが、
余ほど有名建築家の本より、ずっと面白い。

若い建築家の皆さん、この本を読むと建築家にもこのような尊敬できる生き方があることを知ると思います。

一つの空間に一緒にいる、って

2010.10.02

僕はクラシック音楽は好きだが、オペラはどうももう一つ好きになれない。
楽しいこともあるんだけど・・・・。
でもその楽しさって、映画を見て感動し涙するような楽しさ、のようなもの。

先日聞いた英国ロイヤル・オペラはそのような楽しいオペラの一つだった。
ゲオルギューという歌もうまい、それに美人歌手(オペラ歌手は美男、美女が条件)がいるけど、
都合により来日できなかった。
代わりの人がやったけど、うまかった。
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出し物は、「椿姫」。
歌舞伎でいえば忠臣蔵みたいな超有名な出し物。
メロディーが有名で、知っているものばかりだから、
歌がうまいと湯水に浸かったみたいな幸せないい気分になってしまう。

オペラには観客に有名人がいると、
さらに楽しい豪華な雰囲気になる。
元首相の小泉さんが正面2階席のど真ん中に陣取っていた。
遠くから見ていたけど相変わらず元気。
休憩時間に隣の席の人達と手ぶりを交えてしゃべっていた。

クラシックのコンサートでは、
皇室の方がよく来られる。
皇后陛下、皇太子夫妻はよくいらっしゃるが、
来場されると自然に拍手で迎える。
お帰りの時もそう。

これって何なんだろうな?
偉い人と一つの空間を共有することのうれしさ?
釈然としないこともあるが、
確かにそういう気持ちが起きることも否定できない。
これも空間のもつ力の一面?

戦争の日本近現代史

2010.09.27

中国との問題で日本の「弱腰外交」が話題になっている。
メディアは読者の興味を引くために、また野党も一斉に政権攻撃のいい材料にしているようだ。

そのようななか以前読んだ加藤陽子著「戦争の日本近現代史」を思い出した。

細かいことは忘れてしまったが、
日本がなぜ明治以降の日清、日露戦争、第二次世界大戦へどのようにして突入してしまったか、
戦争をどのような論法で正当化し、合理化していったかを検証している本だ。

このような時、一読をお勧めしたい本だ。

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いい仕事は、人が見ていなくとも・・・。

2010.09.23

板金屋という職業があります。
車のボディーの凸凹を治すのも板金屋ですが、
建築にも板金工事があります。
おもに金属の屋根を葺く職業です。

この板金職人の腕が現在、みるみるうちに落ちています。
かつては、曲げたり切ったりしながら、
取り付ける板金の加工を自らやっていたのですが、
現在では工場で加工したものを現場で取り付けるだけの仕事になっています。
だから職人自ら鉄板を切ったり曲げたり、現場に応じての細かい加工をしなくなった。
そこに板金屋の腕があったのだけど・・・。
もっとも、現在いろんな職人の仕事がそうなってしまっているが。

でも中には腕のいい職人が残っています。
僕が知っている中山板金はその一人。

写真の仕事は立ちハゼ葺きという簡単な仕事ですが、
でも中山板金がやるときれい。
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鉄板を挟む工具(ガチャという)で締め付けているところだけど、
締め付けた後が真っ直ぐになっている。

このくらいのことは簡単なことと思われるかもしれないが、
はさむのを飛ばしながらやるので、最近ではボコボコになっていることがある。

中山板金のガチャは長い、長いから真っ直ぐにきれいに仕上がる。
でも、長いガチャは当然重い。
重くてもきれいに仕上げるために、長いガチャを使ってもらえるのはうれしい。
せっかく頑張ってくれているのだからと記念写真を撮らせてもらった。

こういう頑張りを認めてあげるのも建築家の仕事の一つです。
でも職人さんはテレ屋が多く、顔をあげてくれなかった。
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新しい作品

2010.09.08

「泉さん、最近建物を作ってないの?」と言われた。
「えっ、どうして?」と聞いたら、
「最近、ホームページの作品が増えてないよね」とのこと。

いえいえ、作ってます。
ということで、ホームページの作品欄に最近の5~6軒を載せました。
見てみてください。

3泊4日巡業―7

2010.09.03

先週に引き続き桂離宮です。
桂離宮にはいくつも建物がありますが、共通するデザイン手法を発見します。
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左側の床の間から右の方へトン、トン、トーンと上の方に昇っていきます。
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これも同じように左の腰壁から段々と上がって、右側の大きな下地窓に至ってドーンとした開口部に至ります。
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建物と建物のつなぎの部分ですが、段差があってこれも右に上がっていきます。
このつなぎ方はよく見ると、手すり,階段などを使い絶妙だ。
この段差がなければ桂離宮全体のプロポーションはノペーッとしたものになっていたに違いない。
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これは玄関部分ですが、ここは珍しく左の方に段々と下がっています。

このように桂離宮では窓や棚、床などのいろんな建築的な部位がリズムカルに構成されています。
玄関だけは手前から段々と上に上がっていくのは当然ですが、僕が見たところでは右上がりが多い。
それはかなり推測の範囲内ですが、庭の回遊が右回りで、
歩く過程でドンドンと右上がりにして昂揚感を出す目論見があったのかもしれません。

誰か建築学科の卒論、修士論文に桂離宮のリズムについて書くと面白いかも。