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岡山兵庫建築の旅 Ⅱ 弁柄の街吹屋

2016.05.05

この何ともオドロオドロシイ雰囲気を持った建物を見てください。
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この建物は岡山県の山の中、吹屋(ふきや)という村にあります。
ひょっとして記憶がいい人は見たことがある!、と思われるかもしれません。
映画「八つ墓村」のロケ地として使われた場所です。

こういう感じの建物は韓国でも体験したことがあります。
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僕が物心つくかつかない頃の微かな記憶には、周りにこのような建物がかなりあったようだ。
木と土でできた薄暗く朽ちた、そして何かが今にも出てきそうなオドロオドロシイ家がたくさんあった。
アジアならずとも古い建物、環境には生き物のような何かを感じさせられるものがあった。
今はすべてが明るくなってしまったから、若者は明暗の幅、その深さを知ることができないかもしれない。

ところでこの吹屋は江戸から明治にかけて弁柄(ベンガラ、赤い酸化鉄の顔料)を作っていた村。
吹屋の街は赤、赤、赤。
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吹屋の街は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

岡山兵庫建築の旅 Ⅰ 閑谷學校の塀の丸い断面は?

2016.04.04

家づくり学校では毎年、年度末に修学旅行を行っている。
建築が好きな人間ばかりが集まっての旅行は本当に楽しい。
今年は岡山県の建築見学で、例年通りの大盛り上がりだった。

何回かに分けてのその報告です。
第一回は閑谷(しずたに)學校。
閑谷學校とは備前藩、今の岡山県の殿様池田光政が1670年に創設した学校。
この学校はなかなか面白いところがあって、
・侍も百姓の子も学ぶことができた。
・藩の会計と独立した学田を所有した。(国替えや絶家のが起こっても学校だけは存続できるようにするため)

この閑谷學校、一般にはそう知られてないが、建築家で好きな人は多い。
日本の好きな建築は何?という質問で、その一つに閑谷學校と答える建築家が結構いるほどだ。
全体的印象としては静謐でピリッとした雰囲気が漂っている。
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仕事は丁寧で何度かの修理もあったと思うが、狂いや隙が少なく相当に気合が入った、いい仕事をしている。
現代の経済至上主義から生まれる建築とは真逆のものだ。
それはかつての日本人の矜持、またこの学校が儒教を教学としていたことによるのかもしれない。

閑谷學校で特徴的なのは備前焼の赤い屋根瓦と、丸まった石の塀。
中国地方には赤い瓦屋根が多いから、
赤い屋根の方はアリかなと思えるが、この丸い石塀は他で見たことがない特徴的なもの。
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この石の塀が何故丸いのか、今回案内して頂いた方の説明で初めて分かった。
それは、江戸幕府は一国一城(一つの藩には一つの城しか作ってはならないというお達し)を定めたが、
幕府に 対し、この石塀は城の塀など建築物をのせるためのものではない、と説明できるように丸くしたものだとか。
今まで何となく不思議に思っていたが、そういうことだったのかと、納得。

それにしてもこの石塀は3~400年たっているのだが狂いがほとんどない。
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それでも近年近くにバイパスが通り、振動で少し狂いが出てきたが、案内してくれた人の子供の頃はもっと ピッタリとした石組だったとか。
内部は割石が入っているとのことで、植物の種が入っても育たないように一個一個洗って入れたらしい。
この塀が何百年経っても狂いが少ないのを見て、相当に基礎をしっかり作っているはず、というのは建築家の直感だったが、最近の発掘調査の写真を見せてもらったら、やはりその通り。
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すごい基礎で、むしろ地中の方が高さがある。
かつての人は何百年も持たそうと本気で、建築を作っていたことがひしひしと伝わる建物だった。
こういう精神性は時代が変わっても大事だ。

家づくり学校 第8期のご案内

2016.04.02

泉が校長を務めている「家づくり学校」も早いもので、今年で第8期になります。
だんだんと充実してきています。
家づくり学校は将来設計者として独立を考えている人、設計事務所を開いたばかりの人など、住宅の設計を目指す若手設計者を育てる学校です。
興味のある方はこちらをどうぞ。
結構楽しい学校ですよ。

鯛焼き

2016.03.22

何時の頃からか、アンコが好きになった。
あまり甘くない最中、饅頭、大福でもいい。
宿店伊勢丹新地下の仙太郎 はいつも行列ができているが、ほんとにおいしい。

でも、アンコが好きと言っても鯛焼きで美味しいと思ったものはこれまでなかった。
ところだ先日の来客が鯛焼きのお土産を持ってきてくれた。
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かわいいケースに5個入っていた。

これまでどうも、と思っていた鯛焼きだったが、これは別格!
鳴門鯛焼き本舗というところの鯛焼きで、「天然たいやき」と謳っている。
どこがどう天然なのかわからないが、皮がパリッとしていて、冷えていても食べられるシロモノ。

この店から何ももらっているわけではないが美味しかったので、アシカラズ。

Apartment Atti Cotti Ⅱ

2016.03.19

Apartment Atti Cotti(アパートメント あっち、こっち)が現在、入居者募集中です。。

名前の由来は独立した2棟の戸建て住宅が隣り合って建っていて、
駅に近い方を「こっち」Apartment Cotti遠い方を「あっち」Apartment Atti とし、
二つ合わせてApartment Atti Cottiとしたことによる。
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建築地は横浜市都筑区牛窪というところ。
都心からは考えられないほど静かで緑も多い。
専用の庭があり、多面採光、2台のパーキングというのびのびとした生活が期待できる。
庭では菜園をやっても良い。
フェンスは現在むき出しのままだが、蔓系植物の定家葛(ていかかずら)が伸びると緑の塀になり、また庭に植えた木々が大きくなると見違える街の風景になるでしょう。。

ところで、建築中の打ち合わせ中、Apartment Atti にいて、Apartment Cottiを指さし「あっちの建物」と言った時は、言っている自分がアレッ!と思った。
入居に興味がある方はCottiをどうぞ。

「家づくり学校」第8期入学案内

2016.03.18

泉が校長を務めています、家づくり学校はいつの間にか第8期、8年目に入りました。
あっという間の期間でした。
建築家を目指す多くの若い人たちと、楽しい勉強の日々を過ごすことができました。
先週は修学旅行があり、岡山県、兵庫県に素晴らしい建築を体験しました。
本当に感動的な旅でした。

家づくり学校に興味のある方はここを訪ねてみてください。

デザインコース賞

2016.03.02

先週の土曜、大学で教えている学生の設計課題の発表会があった。
日本大学生産工学部のデザインコース、各学年30名ずつの学生たちで、
前期は2年から4年までの90名、後期は2年から3年までの60名の学生の全作品から、
学年は関係なく、一点だけを選び最優秀賞を決めるというもの。
授業は1月初めに終わっているのだが、
その後も発表会に備え、寝る時間も惜しんで課題制作に取り組んできた。

学生たちを前にして、受賞作品を順々に先生方で議論や投票をしながら絞り込んでいくが、
その一瞬、一瞬に学生たちは相当、緊張している様子。
これが全部の中から6点に絞り込んだ作品達。
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一点一点が良くできていて、甲乙付け難い。
どこの大学にも負けないくらいの出来栄え。
いい作品というものは、何をやりたいかがはっきりしていて個性的だから優劣をつけられるものではない。
でもあえて、これらの中から1点だけを選択しなければならないからしようがないが、
この作品が最優秀賞。
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こうやってみるとやはりエネルギーに満ちていて最優秀賞には値するようだ。

授賞式の時、最優秀賞の学生は顔を真っ赤にして「何を言っていいかわからないくらいうれしいです!」
2席だったの学生は率直に「悔しいです!」と。

若さって、本当にいい。

Apartment Atti Cotti

2016.02.26

横浜市都筑区牛久保町に賃貸の戸建てアパートが隣同士で2軒完成しました。
名前は駅に近い方が、Apartment Cotti、遠い方がApartment Atti。
2軒合わせてApartment Atti Cotti。
所在地は横浜と言っても、田舎。
でも、田舎だけあって、敷地は広い。
駅からちょっと遠いが、駐車は2台できるし、日当たりも良くのんびりできる。
子育てにはピッタリなパート。
興味のある方はリネア建築企画へどうぞ。

さよなら330ci

2016.02.20

宮脇壇さんという建築家がいたが、
彼が事務所のTVを買う時に、
所員に「映らなくてもいい、格好いいのを買ってこい」と言ったとか。
映らなきゃ、TVじゃないけど、気持ちはわかる。

僕も車を買う時は同じようなもの。
車が好きな建築家は多いが、
彼らのように車の詳しいことはわからない。
そんなわけで、デザイン優先。
十数年前、草津白根山で本当に輝くように美しい車が止まっているのを見て、
あっ、これ!と決め、しばらくして買った車が、BMW330ci.

それから10年以上たち、そろそろ買い替え時かなと思っていたが、
この車には愛着があり、なかなか買い替えることができなかった。
これ以上美しい車を見出すことができなかったし、燃費はちょっと悪いがエンジンも悪くない。
でも、古くなったし買い替えようか、いや、やっぱり、ずっとこの車と付き合っていこうか・・・・・、
と、ぐたぐたと煮え切らない気持ちが続いていた。

そうこう迷っているときに、
これだったらまぁ~いいか、という車を発見。
結局、これもまた330ciの後継機だったんだけど、13年目に買い替えることになった。

車検の時期が来ていてディーラーに持っていてもらっている最中で、
下取りに出すと、もう330ciと会うことはなくなってしまう。
車の店まで最後の別れに行ってきた。

そんなに調子が悪いわけではなく、しかも気に入っているのに手放すのだから、本当に車に申し訳ない。
来週には新しい車が来るけど、これまでの車のように思い入れられるだろうか・・・・。

最後に記念写真を撮ってきた。
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清白寺(せいはくじ)

2016.02.07

「家づくり学校」の3年生はいろんなところに出かけます。
先日山梨にある国宝の清白寺、大善寺の見学に行った。
清白寺は建築史の中で禅宗様と言われる様式。
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僕はどうもこのスタイルが昔からピンと来ない。
鎌倉にも円覚寺舎利殿という禅宗様があるが、世の中の評価ほどには好きになれない。

ただ、この青白磁の内部空間はよかった。
汚れているけど空間の骨格は整然とした秩序があって美しい。
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垂木2本を1単位としてみると2と3のリズムで出来上がっている。
この秩序がこの建物を整然とした内部空間にしている。

清白寺の庫裏にもお邪魔したが、、
そこにあったものが珍しく、かつ美しかった。
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両方とも琉球のもので、丸いのは泡盛の甕。
で、ミニチュアの家の方はひょっとして遺骨を入れるものかな?と思ったが、
お寺の人に聞いたら、やはりそうなんだそうな。

なかなかの焼き物だったので、帰ってから調べたら
遺骨を納める納骨器、厨子甕(ジーシガーミ)というものだった。

空気穴のような小さな穴は、魂が自由に外に遊びにいけるようにしたものだとか。
民芸運動の柳宗悦もやはり、注目していたようだ。

施主力

2016.02.03

完成した家の、完成祝いがありました。
宴もたけなわの途中、サプライズ!
何と、僕の似顔絵を描いたケーキが出てきた。
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髪はこんなに黒くはないけど・・・・、嬉しい。

職人の皆さんも、自分のことのように喜んでくれた。
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監督の伊藤さん(左)、大工の丸ちゃん(右)にも。
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楽しい完成祝いでした。

亜米利加旅行Ⅵ 太平洋のあっちとこっち ⅱ

2016.01.28

先日書いたシーランチは日本とは反対側で太平洋に面して建っている。
その海岸の写真です。
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この写真の左ににシーランチが建っている。

ところで「木の建築賞」の審査で茨城県の五浦(いずら)へ行った。
この建築賞については後日書くとして、
五浦には岡倉天心が思索の場所として作った六角堂があり、せっかく来たのだから寄ってみることにした。
この六角堂もやはり太平洋に面して立っている。
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この海岸に立ち、数か月前に見たシーランチはこの太平洋の向かい側にあるはず、
と思うと不思議な気持ちになる。
あの時はこちら側を見ていて、今は見ていた方から見ている。
その二つの視線は想像上でしか交わらない。
しかも、この六角堂とシーランチの緯度はほぼ近く、太平洋を間に挟んで、あっちとこっちで向かい合っている。
思わず、シーランチと六角堂、比較すること自体に無理があるような気がしないでもないが、突拍子な比較がいろいろと思いを巡らさせられる。

下の写真はこの六角堂に至る小道です。
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何と美しい!切通(きりとおし)の道であることか。

広い芝生の庭を前にした天心の住まいも素晴らしい。
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日本の文化と、アメリカの文化が違うのはもちろん、それに二つの建物の評価軸は違う。
しかし、日本の建築界においてアメリカのシーランチはよく知られているにもかかわらず、
この岡倉天心の居所についてはあまり知られていない。
もっと足元を見るべきではないか。

亜米利加旅行 Ⅴ 太平洋のあっちとこっちⅰ

2016.01.24

成田からサンフランシスコで乗り替え、ボストンへ行く予定だったが、
入国審査にずら~りと人が並び、ボストン行きの飛行機に乗り遅れ。
何と、次の日の飛行機しかないとのことで、サンフランシスコで足止めを喰らう。
丸一日、ブランクの日ができてしまった。
そりゃー、もったいないと、皆でサンフランシスコ周辺の建築を見ようということになって、
そりゃー、シーランチでしょう、ということになってシーランチ・コンドミアムへ。
シーランチはまだ僕が建築を志す若かりし頃、アメリカの話題の建築だった。
1965年竣工の、建築家チャールズ・ムーアによる作品。
ベトナム戦争や世界中で学生の反乱があり、ビートルズ全盛の、
大量生産や物質主義への反抗に人々が目覚めたころの、
そしてライトやミースなどの巨匠の後の時代の建築作品だ。
当然若かった僕は時代の流れに敏感で、
チャールズ・ムーアやその周辺の建築家にも興味を持ったこともあったから、
一度は見ておきたいと思っていた建築の一つだった。

サンフランシスコからシーランチ詣でには往復すると丸一日かかる。
タクシーの運転手と交渉し、御一行様、計5人を乗せて550ドルで連れて行ってもらうことにする。
アメリカ地図で見るとシーランチはサンフランシスコから金門橋を渡り北に行ったすぐそこ(のようだ)。
ところがアメリカは広い、行けども行けども左に太平洋、右に山並み。
片道4~5時間はかかったかと思う。
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アメリカの風景に飽きたころに、さらりとシーランチが現れた。
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ところが残念なことに、なんと、Keep out!の看板、エーーーッ。
でも建築家はこのような時、ほとんど図々しい。
Keep out!もなんのその。
だが、しばらくしてPOLICEが!。
どこかに監視カメラが付けてあるのだろう。
おそらく世界中からこの建築を見に来ていて、こんなことは日常茶飯事に違いない。
お巡りさんは優しく、出なさいとの警告、フーーーッ。
こんなところで捕まってしまったら、これまでの人生が水の泡、と僕はおとなしく引き下がる。
だし、ここはアメリカ、ピストルでやられるかもしれない。
でも、若いというのは怖さ知らずか、それでも中に入ろうとする者もいる。
もっとも中といっても中庭の奥で、コンドミニアムの住戸の中に入るわけではないけど。

思い出してみるとこんなことは何度かあった。
せっかく行ったのに、見ることができない建物。
時間とお金を費やして、せっかく日本から来たのに、
これを外すともう二度と見るチャンスはない、と悲壮な思いに陥る。
しかしこの建物、シーランチに関しては、そういう思いがゼンゼンと言っていいくらいに湧いてこない。
今回のアメリカ旅行の目的がカーンの建築だったからかもしれないが、
それにしても今、目の前にあるにもかかわらず、この建築にどうしても会いたいとの熱い思いがわいてこないのだ。
奥の方まで見ているわけではないが、
ショウジキ言ってシーランチって、こんなものか、
との印象が見た瞬間に、すでにできあがったのかもしれない。
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それはそのはずだろう、チャールス・ムーアは記念碑的な建物を建てようと思ったわけでもないし、物質文明を批判的に、Gパンのような、これでいいんだよねー、という思いでこの建築を作ったのだから、このようなことを書いても作者は許してくれるに違いない。

でも一方、「中を見てないからだよ、い~よ、中は」と言いそうな建築家の顔も浮かぶけど。

落語で完成祝い

2016.01.11

昨年できた別荘です。
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その別荘の完成祝いがあった。
建物の完成祝はいろいろあるが、落語家さんを呼んでの完成祝いというのは初めて。
建て主さんが贔屓の春風亭一之輔さんという将来を嘱望される噺家さんを呼んでの完成祝いだった。
この別荘にはヨガをやるスタジオがあり、落語はその広間で。
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観客は設計事務所と工務店関係者のみ。
落語をやるには観客席と同じ高さの床に座ってやるわけにはいかない。
赤い布で覆った高座がちゃんとレンタルであるとか。
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間近で聞く落語は迫力満点。
出し物が終わった後は噺家さんも交えての宴会。
楽しい一夜だった。

自慢話

2016.01.06

おめでとうございます。
正月早々の自慢話ですみません。
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この新聞掲載の集合住宅は一昨年春に完成。
こういう記事が載ると木に登りたくなります。

またこの季節です

2015.12.27

先日完成した住宅の中庭に、高さ5メートルもある大きな藪椿(やぶつばき)を植えた。
植える時から花をつけていたが、
和室から座して見る椿は、最高!
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この季節になると、出かけた先で藪椿の大木に出くわすことがあるが、
「木の建築賞」の審査で出かけた茨城県五浦にちょっとピンクがかった藪椿の美しい木があり、やはりパチリ。
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椿が好きで僕の自宅の庭には白の椿侘助(わびすけ)を植えていて、
この季節になると、枝を切り花瓶に挿す。
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白い壁に、粉引きの白い花瓶に、白い侘助です。

椿の季節は長く来年5月頃まで楽しめる。
でも、寒い2月頃までが凛として、いとおかし。

亜米利加紀行 Ⅳ カーン

2015.12.23

この亜米利加旅行シリーズはアメリカの建築家カーン(1901- 1974)の作品を見て、そのことを書くため、だったのだが、
なかなかカーンのことは書き出せなかった。
観光見物みたいなことばかり書いて、カーンのことを書くことから逃げていたようなところがあった。
というのは、彼の建築を見て、あまりにも凄過ぎて、しばらくどう書いていいかわからなかったからだ。
見た建物はニューハンプシャー州にあるエクセター・アカデミー図書館など。。
下の写真はそのエクセター・アカデミー図書館です。
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実際に見て、カーンほど空間の構成能力が高かった人はそういないのではなかろうか。
彼がこの図書館にかけた空間構成へのエネルギーの凄まじさ、その能力高さを、長年建築にかかわってきたきた人間として、じっと見ているとそのことがひしひしと伝わってくる。

この建物のための空間の秩序(シンプルではあるが、多様な空間を生みだす秩序)を発見し、
その秩序を維持する徹底的なディテールへのこだわり、
それが一分の手抜きをすることなく全体に貫かれている。
それは並のエネルギーではない。
とんでもない集中力の持続があったと思える。

建物を読み込みながら、その徹底的な意思を見出すたびに、彼はこう考えたんだなと知らされ、へとへとにに疲れてしまった。
それはこの建築が居心地が悪いというのではなく、
建築を専門とする人間から見ると、ここまで考え抜いてやっている強靭さへの畏敬から来るものだ。

「私のルイスカーン」という名著があるが、それを読むとカーンが天才と奇人はやはり紙一重、との印象があったが、
実際の作品を見てみると、成る程、と思わせる。

日本に帰って、この図書館の模型を事務所で作ってもらった。
カーンの空間構成の手法を勉強するため、そして何よりもカーンの建築への挑戦する気概を忘れないため。
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この図書館のほか、コネチカット州にあるイェール大学アート・ギャラリー、テキサス州のキンベル美術館などを見て、世の中には凄い人間がいるものだと、またまた思い知らされた。

HANDS+EYES展 Ⅱ

2015.12.01

引き続きHANDS+EYES展です。

京都、南禅寺界隈行くと琵琶湖疎水が目に入る。
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そしてこのトンネルの図面だけど、
「このように作るんですよ」と、図面が語り掛けているという意味ではこの図はそれをよく表現している。
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琵琶湖疎水の設計者は田邉朔郎と言う人だけど、
工部大学校(現東大)での卒業論文で琵琶の水を京都に引く研究をテーマとして書いたことがきっかけになり、
琵琶湖疏水工事の主任に、なんと若干23歳で抜擢される。
この図も田辺が書いたものなのだろうか。
そう思いながら見ると、感慨深いものがある。

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