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講演会のお知らせ

2015.04.17

4月27日に静岡で講演会を行います。
テーマは、
「手作りと工業化の狭間で建築を考える」
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工業化、記号化する現代の中にあって、建築の個別性をどのように獲得することができるか、について考えてみます。

主催:JIA静岡 建築家講演会
日時:2015年4月27日(月曜日) 16時~17時30分  受付15時30分
場所:ホテルシティオ静岡5階桜の間 静岡市葵区伝馬町1-2 tel 054-253-1105
受講料:無料  (CPD2単位申請中)
定員:80名(先着順)

問い合わせ先:(JIA静岡事務局)
TEL 054-221-8855(PM1:00-PM5:00)
FAX  054-221-8865
E-mail jia-shizuoka@hyper.ocn.ne.jp

最近読んだ本「森と日本人の1500年」☆☆☆

2015.04.04

森と日本人の1500年」平凡社田辺淳夫著
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現在、日本列島の2/3が森林。
しかしその姿は時代と共に変化してきたことは意外と知られていない。
日本の森は99%人間の手が加えられていて、もとからそこにあったものではない。
その変化を古代から戦後の拡大造林期まで扱い、日本における森と文明の関係史ともいえる本。
戦国時代と明治期はもっとも森林破壊が進んだ時代で、
明治初期には45%にまで落ち込んでいたらしい。
また、1950年GHQは 山林局長を法学部出身の素人でなく、
林学の専門家である「技官」をトップに置くことを勧告したが、
GHQ がいなくなると、官僚が地位を取り戻し、骨抜にしたことのことなど、
森を通して日本という国が見える幅広い視野に立った本。
さらに、森づくりには「美しい風景」という概念が必要、と言い切るところは大いに共感。
そんな概念が通用するときがいつか来て欲しい。

枝垂れ桜のような枝垂れ梅

2015.03.29

桜が咲き始め、梅の話題は時機を逸した感もあるが、
今年の梅は少し遅かったようだ。
十数年ほど前に設計したApartmennt 鶉(じゅん)の枝垂れ梅がつい最近まできれいだった。
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この梅、ほんとに桜のよう。

而邸  ⅩⅦ 侘助は誰のよう?

2015.03.12

我が家、「而邸」には、ほんの1m位の侘助(椿の一種の茶花)の生け垣がある。
3本並んでいて、3本とも侘助で、花の色は赤と白とピンク。

白の侘助を一輪切って事務所の玄関に飾った
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花瓶はとっておいた日本酒剣菱の小さな瓶。

白の侘助って堀北真希?あるいは仁科明子?のよう?
と来客に言ったら話が盛り上がった。
誰のようだと思います?

完成祝い

2015.02.22

昨年完成した住宅の完成祝いにお呼ばれした。
工務店に職人さん、それに設計事務所の僕たち。
出張サービスによるシェフの料理、
それに頂いたお土産です。
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設計した中庭のある住宅の絵が煎餅に印刷されている。
へー、煎餅にも印刷できるんだ!。

それに、
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泣かせるなー。

杉の山

2015.02.18

先日和歌山に材木の検品に行ったのは山長商店という材木屋さん。
山長商店は日本でも有数の山持ち(確か5000ha?)で、製材からプレカットまでやっている。
山長の手入れが行き届いた杉の森です。
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手入れが行き届いた森は、間伐(間引き)をやっているので木の下が明るい。
(逆に手入れしてない森は薄暗い)
実は日本の山は荒れに荒れていて、こんなにきれいな明るい森は少ない。

森の途中に切り株があった。
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杉は元々、中心部が赤く周辺が白い。
中心部を赤身、周辺部を白太(しらた)という。
赤みの部分は腐りにくいといわれるが、切り株では黒くなっているが、その通りにきれいに残っている。
白太の部分はボロボロ。

本物のような、偽物のような、本物のような・・・

2015.02.10

ここどこ?
どう見ても日本の建物じゃないよね。
天井には金箔をはってあるし。
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床を見ると、
本物のモザイクタイルをびっしりと貼ってある。
イタリアの建物かも?
でもちょっと違うなー。
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この建物、れっきとした日本のホテル!なんです。
和歌山県白浜にあるホテル川久

バブルのころ300億円かけて作り、
倒産して30億円で人手に渡っとか。
できた当初は会員しか泊まれなくて、会員券はウン千万。
でも今は2~3万で泊まれるらしい。

バブルって想像を絶するものだったんですね。
バブルのころ、僕もすでに建築家としてやってたけど、
僕には全然その恩恵はなかったな。

和歌山に材木の検品に行ったついでに見た建物です。

延べ床面積1坪の家

2015.01.30

この建物、な~に?
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建物の間口は1間、奥行き1間の1坪(2畳)の小さな、小さな建物です。
入り口の障子は引き分けで、建物の外側にはみ出すようになっています。

横から見ると、
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中をのぞき込むと、
囲炉裏の両側にベンチ、奥に畳が1枚敷いてあります。
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中に解説書もありました。
かつて多摩川に橋がなかった頃、
渡しの船頭さんが客を待つ小屋だったとか。
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冬は寒いので、焚火をしながら待っていたのでしょう。
さらに読んでいくと、多摩川が増水するときは、担いで移動したとのこと。
モバイル建築だったんですね。

川崎市立日本民家園にあります。

而邸 ⅩⅥ 暖かいのが一番

2015.01.24

大寒は過ぎたけど寒さはまだまだ。

でも、我が家(而邸)は東南向きで朝日がよく入って暖かい。
午前8時ころは太陽高度が低く、家の奥まで日の光が入ってくる。
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以前、日当たりの悪いマンションに住んでたからか、
日の光のありがたさが身にしみてわかる。
寒い冬の朝でも、暖かな陽光に包まれた部屋にいると幸せな気分になる。

そのような体験をしているから、窓の取り方は以前よりさらに気になるようになった。

ところで、
家の向きや窓の位置をどうしたら、どのように日の光が室内に入るかをシュミレーションするいいソフトがあります。
グーグルでダウンロードできる無料ソフトSketchUp で、
建設場所をグーグルの地図から導き、建物をパソコン上で3Dで立ち上げ、
各日時時刻でどのように日が入るかを検討できる。
下の図はかつて建てた建物の9月の夕方の日光の当たり方を示したものです。
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7,8月はもちろん暑いが、9月の夕方は太陽高度が真夏より低くなり、残暑がきつい。
その夕方の太陽の光を遮るために、どの位置にどのくらいの高さの木を植えたらいいかを検討したもの。
また逆に真冬には、できるだけ陽光を入れるにはどのような窓の取り方がいいかを検討することもでき、庇やブラインドの効果的な設置方法を、各季節の各時刻で検討することができる。
ある程度設計の経験を積んでくると、SketchUp を使わなくとも勘で大よそのことはつかめるが、
正確には分からないもの。
入力が手間だけど、結構使える。

西芳寺 湘南亭☆☆☆ Ⅳ

2015.01.12

で、いよいよ今回の目的である湘南亭。
湘南亭は茶室。
利休の養子の千少庵によるものとか。

この湘南亭は池に沿ってしばらく左回りに進むと、数尺ばかり高いところにあり、見上げながら近づく。
見上げながら近づくことで、湘南亭が気高く見えるが、
やはりここでも高低差の妙。
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建物に至ると、屋根の下の土間がかなり広い中間領域となっている。
貴人口はそのまままっすぐ進むが、
その他大勢はまず吹きっさらしの縁に上がる。
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この茶室はかなり変わっている。
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定石からかなり外れていて、今時こんな茶室を設計したら依頼主に「こんなの、茶室じゃない!」と、叱られそう。
何がかと言うと、お茶をたてる主人の前に床の間がある。
お客からは床の間は本当に見えにくい。
でもこれは主人床と言って、一人でお茶を楽しむ場合にはあることのようだ。

室内の写真は撮らせてもらえなかったので、残念ながらここに掲げることができないが、
客人の席に座った時の、部屋を構成する各部位の絶妙な高さのバランスに感服せざるを得なかった。
感動を与える和室に共通することだが、
やはりここでも畳の表面から3~4尺当たりまでに、
手に掴みたいような濃密な空間が存在する。

しかも、貴人口の空いた障子からは、先ほど通ってきた小道を見下ろすことで、
時間化された空間ともなっている。

西芳寺の立地自体が起伏が始まる山のすそ野にあることで、
全体プランに高低差が生じることになったのだろう。

西芳寺、その中にある湘南亭の見学は、
何か本当に美味しい料理を頂いたような、その上に勉強までさせていただいた至福の経験だった。

今年面白かった本 BEST

2014.12.31

飛行機や新幹線での出張の機会が多かったせいか、
おかげでたくさんの本を読むことができた。

以前より本を丁寧に読むようになったが、面白かった本は2回、3回と読み返すこともあった。
ちゃんと本を読むって気持ちがいい。
そんな中で今年面白かった本のBEST3。

BEST1
昨年の出版だが、最近かなり注目されるようになった、
白井聡「永続敗戦論」。
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今年、第二次世界大戦終戦(でなく敗戦)から70年になるが、
この70年間の日本の世界における立ち位置、振舞、
また私たち自身のそれへの認識に対する驚くべき深い洞察と批評。
時代が変わろうとしている今、この本は重要な批評の出発点となるに違いない。

BEST2
「永続敗戦論」が思想の書とするなら、
かなり近いテーマを小説で扱ったのが、
奥泉光の「東京自叙伝」
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小説のようで、SFのようでもあり、映画にすぐにできそうな娯楽性もある。
読んでるうちに、俳優のキャスチングも自然と思い浮かぶよう。
が、批評性に富んでいて永続敗戦論もそうだが、丸山眞男の<無責任の体系>を思い起こさせる。

BEST3
次は建築関係の本で、
昨年亡くなった建築史家の鈴木博之さんの「庭師 小川治兵衛とその時代」
最近NHKで京都南禅寺界隈の別荘群について何度も放映していたが、、
その庭などを作庭した小川治兵衛を語りながら、
明治という時代を浮き彫りにした、作庭論に留まらない本。
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それにこの本も面白かった。
同郷(熊本)の渡辺京二さんの自己を語った「無名の人生」(文芸春秋)
この方は著書の「逝きし世の面影」で無名どころか有名な方。
誠実な肥後モッコスの、しみじみとした言葉が心に残った。

西方寺 湘南亭 Ⅲ

2014.12.28

西方寺の庭の苔は素晴らしいが、
それを生かしているのは、地面の高低差にある。

5㎝前後の小さな高低差、
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次に50センチ前後の高低差、
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さらに3~4メートルくらいの大きな高低差、
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この大、中、小(寸、尺、間)の高低差が同時に混在し、
自然の風景を作り出している。

のんべんだらりと平らな庭だったら、この魅惑するような美しさは生まれなかったに違いない。

で、実は西芳寺の中にある湘南亭も、この高低差が生かされている。
これは次回。

西方寺 湘南亭 Ⅱ 

2014.12.05

紅葉の落ち葉で苔が見えないのは庭の入り口あたりだけ。
庭園に入ったら紅葉の木はそこそこで、程よいくらいの紅葉の落ち葉。
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やっぱり西方寺の苔は凄い。
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この庭にはかなりの手が入っているに違いないが、それを感じさせない自然の本質的表現。
夢窓疎石による作庭らしいが、苔生した現在の風景になったのは江戸も末期だったらしい。
どのような経緯を経て、作為を感じさせない現在の姿になったのか、日本の作庭の秘密があるのかもしれない。
これに比べると桂離宮などはまだ技巧的。
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西芳寺 湘南亭☆☆☆ Ⅰ

2014.12.04

西芳寺とは、かの有名な苔寺(こけでら)のこと。

数年前よりどこに建っていているのか、何という名の建物かさっぱりわからないが、とっても美しい建物の写真を持っていて、いつかは見てみたいな、と思っていました。
分かるのはおそらく茶室で、京都方面にありそう、というぐらいの、僕にとっては謎の建物。

ある建築雑誌の編集者に「この建物、何という名の建物か知っている?」と聞いたら、
その人は知らなかったが、多少は古建築にかかわった知り合いの編集者に聞いてくれ、
この建物が西芳寺の中に建つ湘南亭(しょうなんてい)とわかった。
さらにその編集者が、
この写真を撮ったと思われるカメラマンに「泉さんが湘南亭を見たがっている」と伝えてくれ、
さらに、このカメラマンがこの湘南亭に強く惹かれている京都在住の建築家にそのことを伝え、
さらに、その建築家が出入りの植木屋に伝え・・・・・・・と、
間に何人もの人が入って、何と幸運な伝言ゲームで湘南亭を見ることができるようになった

で、折角だからと何人かの友人を誘い、先日その西芳寺へ行ってきた。
西芳寺へ行ったことがある人は多いと思うが、拝観するには西芳寺の本堂で写経をさせられる。
西芳寺はハガキにて拝観の申し込みをする必要があるから、
せめて数十人の人かと思っていたら何百人の人がお堂で一斉に写経をやっている。
次の写真はお堂の中からあふれ出た写経する人たちです。
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この季節は青くむした苔の上にも真っ赤な紅葉の葉っぱがパラパラと落ちてきれいだろうなー、と期待していったが、
入り口のあたりでは、何と苔が隠れてしまうほどに紅葉で真っ赤な地表面。
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せっかく苔寺に来たんだから、紅葉より苔、と思ったんだが、
さてさて、どうなりますことやら。
続きをご期待。

山口・島根の旅 Ⅴ 石州瓦

2014.11.20

先週書いた赤い瓦は石州瓦と言います。
今回の旅の目的の一つはこの石州瓦を焼いている、
島根県の浜田市にある亀谷窯業を訪ねること。
今の時代は何でもカタログを見て製品を判断するが、
物の本当の美しさは現物を見ないとわからないし、
製造元を訪ねると思わぬ発見がある。

亀谷窯業の赤い瓦の釉(うわぐすり)は、松江あたりで採れる来待石(きまちいし)という石から作ったものとか。
しかし、今やこの来待石から作った釉で瓦を焼いているのは亀谷窯業だけになったそうだ。
来待石から作る釉は昔ながらの製法で手間がかかる。しかし美しい。
亀谷さんはやせ我慢をして、この来待石の釉にこだわっているそうだ。
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こういうモノ作りの覚悟って、いい!

また、この釉で焼いた敷瓦(しきがわら、瓦のタイル)もいい。
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赤い瓦はそうそう使えるものではないが、このタイルは使えそう。
実は、この敷瓦を見るために行ったのだが、行ったかいがあった。

さらに面白いものを工場でいろいろと発見。
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やっぱり犬も歩けば棒に当たる、だな。

山口・島根の旅 Ⅳ 赤い瓦

2014.11.14

裏日本では赤い瓦の屋根を見かける。
これは決して西洋の赤い屋根をまねたものではなく、列記とした日本の瓦だ。
裏日本は寒く、僕らがよく見かける燻色の瓦では、凍害で割れることがある。
(凍害→瓦に浸み込んだ水が凍ると膨張し、瓦を割ってしまう)
そこで釉(うわうすり)をかけて焼くことにより凍害を防ぐが、釉をかけるので照りがある。
その釉がたまたま赤かったので、赤い屋根が出現することになった。

僕らにとって屋根は黒、黒じゃないと屋根らしくない、
日本の屋根は何たって黒、黒じゃないとダメと思ってしまっている。
だから、赤い瓦屋根を見ると何か、変だよね~、と思ってしまう。
裏日本に近づくとポツポツと赤い屋根が現れ始めるが、何か違和感を感じる。
しかし裏日本の真っただ中に近づくにつれ、だんだん赤い屋根が増えて、
その内に、ほとんどの屋根が赤ばっかり、集落全体が赤い屋根ばっかりになってしまう。
その頃になると、見慣れてしまったのか屋根が赤であることに何の違和感もなくなってしまう。
それどころか、たまにある黒い瓦屋根が陰気にさえ見えてしまったりする。
人間の観念っていい加減なもんだなー、とつくづく思う。

台風とともに移動したので嵐の中の赤い屋根の集落の風景です。
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石見銀山にある熊谷家住宅(重文)の屋根です。
この屋根は美しかった。
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山口・島根の旅 Ⅲ 船の倉庫

2014.11.10

萩で印象に残ったのは、
毛利藩主の船を格納していた建物。
かつてこの場所は海に面して、自由に船を出し入れできたらしい。
お城の石組みのようなところまでは水が入り、たやすく船を入れることができたのだろう。
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内から入口方向を見ると、
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ヨーロッパでは似たような造りの建物を見たことがあるが、
日本では珍しいのではないか。

ところで、萩では萩在住の建築家、山本道善君がいろいろと面倒を見てくれ、、
その上に、超美味しい日本酒のお土産までくれた。
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このお酒、超美味しい!
ビンもかっこいいけど、開けたらあっという間になくなってしまう美味しさ。
大峰酒造と言うところが作っているらしいが、
ホームページも美しく、
「ミシュラン3つ星レストランや様々なブランドのパーティなどで、その芳醇さが評判となり、
生まれ変わって間もなくニューヨークや香港など、世界6 か国で展開されるように。
遂にはスイスで開かれた「ダボス会議2013」での日本政府主催の晩さん会にて各国首脳に振る舞われ、・・・・・」というお酒らしい。。

最近雑誌に掲載された建物

2014.11.03

「蛍遊苑」が現在発売中の新建築 2014年 11月号 [雑誌]に掲載されています。
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それから新建築 住宅特集2014年7月号に「奥の家」
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同じく新建築 住宅特集 2014年 9月号に「小屋」がそれぞれ掲載されています。
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よろしかったら覗いてみてください。

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